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忘れ言葉

「じゃ、最後に三年の所行こっか?それとも、もう少しだけ外、眺める?」

「うん。じゃあ、もう少し、眺めてから……」

 遥か遠くの夕日が海の底へ半身ほど浸かり、海全体を宝石のように輝かせた。

 校内に戻ると、さっきまでは忍んでいた影たちも、より一層姿を現すようになってきた。

 日が暮れてきて寒くなってきた。

 アリスはポケットに手を入れると、手をごそごそと何かを探っていた。

「あれっ!?財布……無い」

「落としたの?」

「えっと、お祭りの時はあったから」

「逃げた時とか?」

「確かにそうかも……ごめんなさい。私、お財布探さなくちゃ」

 冷えたはずなのに、アリスの額から汗が流れていた。

「いいよ、お財布大事だから」

「うん。ありがとう」


 私たちは二年の教室に戻った。

「あれ?ない」

 私たちが来た道の近くのどこにもなかった。

 窓を見ると、刻一刻と日が沈み、教室が闇に呑まれてゆく。

「ここ、さっきも見た」

 アリスは急ぎ足で、同じ机の近くを行って戻ってきていた。

「ごめん、シラ……先帰ってていいよ」

 アリスは私に笑って言った。

 でも、その笑顔は影に隠れて見えなかった。

「ううん。帰らない」

「もう、いいんだよ……。きっと、誰かが見つけて落とし物入れに届けちゃったんだよ……」

「落とし物入れ?」

「そう……って、あっ!」

 アリスは閃いたように言った。

 夕暮れにアリスの顔がはっきり見えた。

「でも、シラをこれ以上巻き込みたくないな……」

「私、あのお財布のお陰で沢山美味しいもの食べれた。だから、私も最後まで探したい」

「別に、お財布が、じゃなくてその中身よ、シラ……」

「それでもいい。アリスにも色々教えてもらった」

「でも……」

「ついて行く」

「分かったわ。ありがとう。じゃあ、手伝って!」

 二階に降りた。

 私たちは侵入前、外から見て明かりがあった所の近くに来た。

 忘れ物入れは段ボールで作られていた。

「隣の部屋、職員室だからそっとね」

 アリスが囁いた。

 アリスは急いで忘れ物入れの中身を確認した。

 そこには持ち主が分からない筆記用具や忘れられてしまったストラップ、ボタンがあった。

 箱の中は忘れ物で溢れ、埃っぽかった。

 まるで忘れ物じゃなくて、忘れられたものみたいだった。

 他のものはくすみ、風化していた。その上に、まだ新しく、海の柄の入った財布があった。

「あったよ。シラ」

 そう言うとアリスは安心したように、ぎゅっとその財布を抱きしめた。

「大事なの?」

「……うん。これはね、イグからもらった大事なものなの」


 少しだけ寄り道をしたがいよいよ三年の教室だ。

 外の夕焼けも最後の光を灯し、廊下は闇に呑まれている。

 そんな中、一つのクラスの扉が開く。

 真っ暗な廊下に、柔らかな白の光が漏れ出してきた。


「先生!?」

「どうしたの?」

「さっき少し話してたよね。二年生の時の先生だよ。でも、どうして?」

「アリスちゃん。久しぶりね」

 先生は口元に手を当てると、優しく微笑んだ。

 おっとりしていた女性だった。

「やっぱり、アリスちゃんだったんだね。あの落とし物。なんとなく見覚えがあったからそうかなってね。それと、その子はお友だちかな?」

 不法侵入した私たちを咎めるような口調では無かった。

「あのう、私たちってこの先は何事もなく帰れますかね?」

 アリスが恐る恐る尋ねた。

「ええ。もちろんだよ。それよりもさ、教室に入りなよ」

「でも、私……学校に侵入したし、先生に迷惑いっぱいかけちゃったよ?」

「それはアリスちゃんのせいじゃないよ……。それに、先生もアリスちゃんと同じ状況になったらそうしてたと思うよ。むしろ、私の方こそなにも出来なくてごめんなさい」

 アリスは黙って先生の方を見ていた。

 やっぱり、私が見ていたアリスは、無理をして取り繕ったものだったんだと感じた。

「子どもが後悔する必要はないよ。勿論、間違ったことは反省はしなきゃいけないけどね。でも、反省が出来たらもういいんだよ。後は元気に育つだけだよ」

「……先生、ありがとうございます」

 アリスはようやく先生の目を見た。

「でも、先生。どうして私がここにいるって分かったの?」

「アリスちゃんのお財布が落ちてたからかな。もし、学校に来てたらここが最後かなって思ってね」

 先生は笑いながら言っていた。

 私たちの行動は全部見透かされてたみたいだ。

「それとね。ここじゃないと駄目だと思ったの」

「どうして?」

「どうしても、どうしてもアリスに言いたかった言葉があったの。忘れ物ならぬ忘れ言葉……」

「何ですか?それ」


 先生は深呼吸をして一拍置いた。


「三年六組 出席番号 一番 アリス リヴィエラ 本日を持ちまして御卒業おめでとうございます」


 それは、アリスにとって思いがけない言葉だった。


「ちょっと早いけど、卒業おめでとう。この先も元気でね」


 アリスは泣きそうな笑顔で元気に返事した。


「はいっ!」


 蛍光灯に照らされる教室。

 窓枠が影を作り、律儀に並んだ机の上、教壇の上、黒板の上に伸びていた。

 

「さあ、感傷浸ってるとこ申し訳ないんだけど、そろそろ行こうかな?」

「うん」

「はい」

 私たちは階段を降り、三階から二階、二階から一階へと下ってゆく。

 靴箱を抜け、外に出ると、夕落ちの風が肌を撫でる。

「ごめんね……。本当に辛い時に何もしてあげられなくて」

「ううん。ずっと私のことを思ってくれてたんだよね。だから、それだけで私は嬉しいです」

 先生はアリスをぎゅっと抱きしめた。


「本当に、卒業、おめでとう」


 アリスは最後に先生に手を振った。

 その風は思っていたよりも冷たかった。

 

 私たちは学校から出ると、噴水の前に座り休んでいた。

 辺りの屋台は仄明るい提灯に照らされ、人々の盛り上がりもピークを迎えている。

「よかった。最後にイグと過ごせた場所を思い出せて……」

 アリスは独り言のように呟いた。

「ああ!ごめんごめん。何でも無いよ。それよりも、もう日没だから帰らないとね!」

 アリスはまるで、もうここには来れないといった感じで言っていたのが気になった。


「今日はほんと、ありがとね!」

「ううん、私も楽しかった」

「そう?ならよかった!」

「アリス?まだなにかやり残してるの?」

「えっ?」

 アリスはまだ、教室に取り残されていたように見えた。

「なんだか、そんな顔してる」

「アハハハ……。そんなわけないよ……。だって、あんな冒険したんだよ!もう十分だよ!」

 アリスは笑った。

 アリスの笑顔は、嫌な時や怖いことを隠すときによく使っている気がした。


「さ、家に着いたわ!」

「うん。今日はありがとう、アリス」

「ううん、とんでもないわ。こちらこそ付き合ってくれてありがとね!」

 私はもう一度アリスの家にお邪魔し、レインを引き取った。

「レイン、ぐったりしてるよ?」

「そうだな……」

「帰ろう、レイン」

 私は首がしんなりとしてしまったレインの返事を待たずに肩の上に乗せた。

「アリス、今日はありがとう。楽しかった」

「ええ!こちらこそ、面倒ごとに付き合わせてしまってごめんなさいね」

 ベランダまで着いてきてくれたアリスに手を振り、家を出た。来た道を戻ってゆく。

 帰りの山道は前が真っ暗で危険だと言われ、海沿いの崖の上を歩いて帰っていた。

「聞いたか?」

 岩に波がぶつかり、音を立て、飛沫を上げる。

「何を?」

「アリスは明日この街から引っ越す」

 荒波は岩肌を砕く勢いだった。

「そういうことだったんだ……」

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