甘いかおり
青い空の下、青い海が見下ろせる街には、幾数もの人が溢れる祭りが開かれていた。
様々な濃淡を秘めた声が飛び交う。
辺りは甘い香りやこうばしい香りに包まれ、カラフルな紐に結ばれたバルーンが宙に浮いている。
「学校行く前に遊びたくない?」
屋台から漂う甘い香りが気になって、私はアリスに同意した。
「わぁ!あれ美味しそう!ねえ、シラ、食べる?ってかお金持ってる?」
「確かに美味しそうな香り。お金はレインから貰ってる」
どうして食べ物の話なのに硬貨が出てくるのだろうか。
アリスは私の見せた小さな硬貨に目を向けた。
「どれどれ……って、えッ!」
アリスは、いきなり大声を出してしまったことを反省するようにして口元を抑えた。
「それ、金貨……」
「金貨?」
ただの小さな金属の塊だった。
「そう、金貨。物凄く高いの。そんなの出したらお店買えちゃうよ。でも、それは困るから私が出してあげる」
どうやら金貨では商品は手に入れられないそうだった。
「りんご飴。二つで!」
その屋台からは、フルーツの酸味と砂糖の甘味を混ぜたようなこおばしい芳香が漂う。
店の前に突き刺さっていたりんご飴を二つ、手渡してもらうと、私たちはそれを持って歩き回る。
「ありがとうアリス」
「いいってそんな高くないし、それに食べたいって言ったの私なんだからさ」
私たちはりんご飴を齧りながら食べ歩く。さっきまではこの祭りに溶け込んでいなかったのに、それを齧るだけで私たちも溶け込んでしまったような心地がした。
「シラ。次はこれ!」
「これは?」
「金魚すくい、と言いたいところなんだけど、それは金魚を掬ってるのか、救ってるのか分からなくなっちゃうし、命をこの国ではお祭りに使っちゃ駄目ってことで、ボール掬い」
「へえ……」
金魚すくいがまず何なのか分からなかったが、ボール掬いというものをやってみることにした。
片手にりんご飴、もう片方の手からは糸に吊るされた水入りボールをぶら下げながら歩く。もう私たちは、すっかりお祭りに溶け込んでいた。
道中、ふわふわとした夢に出てきそうな甘い香りがした。
「いい香り」
「ああ、ベビーカステラね?」
「ベビーカステラ?」
「食べたいの?」
「うん。食べたい」
アリスにカステラという不思議で魅力的なお菓子を買ってもらった。
一口、口の中に放り込むと、甘さが舌先で溶けるように広がった。
「……ふふ」
「あっ!シラが笑った!」
「おいしい」
「そっかそっか!そんなに喜んでくれて嬉しいよ!きっと、お店の人も喜ぶよ!」
「よろこぶ……?」
「うん!すごい嬉しそうだよ!」
アリスが自分ごとみたいに、嬉しそうだった。だから、おいしいと嬉しいのだと思った。
しばらく歩き眺めて回ると、またしても、どこかで見覚えのあるものを目にした。
「ああ、射的かな?これもボール掬いと同じ国発祥の射的って言うんだってさ。やってみる?」
「大丈夫」
「そっか……。私はやりたくなっちゃった。一緒にやろ?」
「アリスがそう言うならやる」
私とアリスは射的をやることになった。おもちゃの銃を持ち上げた瞬間、やたらと軽いことに驚いた。他のみんなは、これを使って楽しそうにしている。だから、これは、私の知っていたものとは違うのだと思った。
それでも、引き金が軽く、打てば倒れることだけは同じだった。
「絶対にあの人形固定されてるって、だって私ちゃんと当てたのにっ!」
私がお菓子を沢山貰っている横で、アリスだけはずっと射的の銃を握りしめていた。
射的を終えると、アリスは俯いてしょんぼりとしていた。
「お腹空いてるの?」
私は自分の落としたお菓子をアリスに分けた。
「シ、シラぁ……」
アリスが暑苦しく抱き着いてきた。
「よし、これから本題の学校へ不法侵入だね!」
アリスは人差し指に手を当て、楽しそうに言った。
あまり良くないのかもしれないが、アリスが楽しそうに言うので問題は無いと解釈した。
私たちは屋台を抜け、人気の少ないとおりを過ぎ、閑散とした場所に着いた。そこには縦にも、横にも広くて大きな建物があった。窓もたくさんある豆腐みたいな建物だった。
「これが学校?」
「そうだよ。私が通ってた。あと……、えっと、変わってるでしょ?この学校はとある東の国で昔使われてた学校がモチーフになってるんだよ」
アリスは自分の通っている母校について事細かに教えてくれた。
外は少し夕暮れがかり、一つの窓からだけ光が差し込む学校は、ひっそりと悲しく見えた。
私たちは高い柵をよじ登り、構内へ入った。
埃っぽいような、古本のようなにおいがする。
「誰かいるのここ?」
「先生くらいかな。さっき、一室だけ電気ついてたでしょ。きっとそこにいるよ。今は子どもは休みなの。来月くらいになったらまた授業で、みんなが来るんだ……」
学校に入ってから、アリスは人に気づかれないようにするため、声を潜めているので私もそれに合わせる。
「あぁ、懐かしいなぁ!ここ一年の時のクラスだ」
「クラス?」
「そうだよ!クラスって言うのはその年を一緒に過ごす仲間との空間。そして一、二、三年って続いてって歳が上がれば、教室が上の階になって授業が難しくなるの。ちょっと、入ってもいい?」
「うん。いいよ」
私たちは物音を立てないように細心の注意を払いながら教室の扉をそっと開けた。
アリスが教室に入ると、机の上に座り、足元の埃を見ていた。
「昔さ、私、学校に行きたくなかったんだ」




