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蒼白の汽車

はじめまして、夜の真夜中と申します。

不思議な世界観や、深く考える事が好きでして、想像に入り浸っていたのですが、改めて大海に出てみる事にしました。

電車に揺られる時間や、お家で珈琲の香りに包まれている隙間にでも、お楽しみいただければ幸いです。



別に何処に行きたいわけではない。


別に何かを覚えているわけでもない。


でも、それでいいと思った。その方がいいと思った。


 夢を見ていた。一緒に居た人の夢を。でも、誰かわからない。誰か分からないけど、その人はずっと、私を必死に追いかけていた気がする。最後まで。


 蒼白く照らされる仄暗い夜。誰もが目視する世界は照らし、全ては見せず、やましい事は隠す。

 静寂な世界で古ぼけた汽車が決められた線路を走っていた。先は薄暗くて見えないのに、そうしないといけないように減速もせず、ただ走る。


 車内。汽車に揺さぶられ、深い眠りから少女が目を覚ます。

 

 ここは……? 

 

 無数に咲き誇る紫電の花の上で青い星を眺めていたはず。その前は、誰かがずっと私と一緒に居たはずだ。


 車窓から差し込む柔らかな光に目をくすぶられる。座席が放熱による生きた体温で温まっていた。疲労感が蓄積されていたわけでもない。体調は悪くない。それに、最近は、ここまで目覚めの良い夜はなかった気さえする。ここで、さっきまでの記憶は夢だったと気が付く。

 ゆっくりと体を起こす。髪は長く、月光に淡く染まっていた。

 繊細な白肌。サファイアのように透き通った深くて蒼い瞳。少女はまだ幼いながらも、窓を物憂げに眺めるその姿は、見るものすべてを虜にさせるような妖艶さを放っていた。

 見覚えのない景色だった。まだ夢の続きなのではないかと思えるほどに静寂で、不思議な景色だった。

 白一色の都市が静かに流れる。明かりは一つもなく、中央の塔が暗雲の頭上に影を落としていた。

 都市近辺や、石畳の隙間からは木の根が器用に伸び出し、身体を支えるようにして建物に寄りかかっている。

 まるでおとぎ話の世界。

 私以外に人はいないのかな。

 窓から入り込む風が冷たい。

 汽車の最前列の一番前の席に座っていた。

汽車は意思を持ち走っていた。

 辺りを見ても誰もいない。

 あそこも、ここも、人の気配などない。

「目、覚めたか?」

 突如男とも、女とも、人とも取れない声がした。

「……どこ?」

「ここだ」

「近くに居るの?」

 その声が何処にあって、目に見える人なのか分からなかったが問いかけてみた。

「お前から見て右隣の座席にいる」

 座席しか見えない。

 ただ、ヘンテコな猫の人形が座席にポツン……、と座っているだけだった。

「どこ?」

「見てるぞ、俺のこと」

「猫の人形が話す?」

 それは聞き間違えで、見間違いかもしれない。

 座席に腰かけるヘンテコな猫の人形は車掌の帽子をかぶっている。

「なんか変か?」

 いや、見間違えじゃない。ちゃんと口がパクパク動いてる。

「変じゃない……。ただ、不思議だなって……」

 嘘じゃない。確かにヘンテコではあるが、なぜか親しみやすくて、不思議だった。

「不思議、か」

 猫の人形が言った。

 その人形を見ていると、どうしてか聞いてみたい


 ガタンゴトン、ガタンゴトン……。

 

 汽車は行く先を疑うことも無く、同じ速度で走る。

 車窓からは、星の詰まった景色が流れる。

 その中でも一際大きく光って見える、丸いお餅のような星がある。

「奇麗だよな。月。あれ、昔、地球とか言う惑星に大きな天体がぶつかって出来たらしいぞ」

 猫の人形は車窓を背に話す。

「あのやけに明るく見えるのがベテルギウスだ。もう爆発したからそのうち見えなくなるがな」

 猫の人形は続けた。

「そんなのはどうでもいい。それより、今からターミナルへ向かう。理由は今のお前にはない。だが、それだけが理由で此処にいる。今のお前は何も覚えてないから、お前のターミナルを探しに行くんだ……」

 気だるげに、なのに丁寧に教えてくれた。

 この猫の人形の言うとおりだ。思い出そうとしても、今はその思考にノイズが走る。

「俺は案内人……形だ。お前の決めた路線でターミナルに向かえるように案内する」

「それって、私が、目的地を決めたの?」

 今の私に行きたいところも、向かいたいところも何もない。

 きっと、ノイズに包まれた私の記憶が決めたんだ。

「そうかもしれないな」

「その場合だったら正確には前の世界でのお前の記憶が」と、やや躊躇ってから付け加える。

 それは私が死んでしまっているということだろうか。それとも夢の世界なのだろうか。まあ、前者でも後者でも別にどちらでも構わない。生きてるか、死んでるかなんてのはどうでもいい。ただ、夢であっては欲しくなかった。だから、試しに頬を引っ張った。すると、頬が引っ張られる感触がする。

 夢じゃない。

 窓に反射する自分は、景色に溶け込んで半透明になっていた。自分が半分死んでも見えた。

「何、頬引っ張ってんだ?」

 呆れた声で言った。恐らく人であったなら眉をひそめているだろう声で猫の人形が聞いた。

「……死んだの?」

 車窓に写る半透明の自分を見つめながら聞いた。

「……いや、呼吸してるだろ。それに痛かっただろ……。少なくともお前は、この世界では生きてる」

 猫の人形は確かに言った。『この世界では』と。ならば、やはり私は過去に死んだのだろうか。

 これ以上聞いても教えてくれそうで面倒だから黙った。

「窓、開けていい?」

「いいぞ」

 錆びた窓を開けようとした。思っていたよりも固く閉ざされていたせいで、思っていたよりも体重がかかってしまった。窓は千切れるように開いた。冷たく乾いた風が雪崩のように吹き込む。

 思わず、強風から顔を逸らすと、大惨事だった。

 まさに二次災害と言っていい。

 猫の人形が、アババババ、と風の勢いで狂ったように踊っていた。

「あ……」

 慌てて窓をちょうどいい高さまで戻す。

「あなたは大丈夫?」

「……あ、アナタじゃなくて、レインだ……。いい、次から気を付けて……くれたら……」

 明らかにだれがどう見てもレインは憔悴しきっていた。

 不思議な猫、レインと共に、汽車に揺さぶられるほど数十分、幻想じみた夜の都市を抜け、山に囲まれた田んぼの平地の上を走っていた。

「ねえ、レイン……。私の記憶って……」

 流れゆく田んぼの平地を眺めながら聞く。

「まあ……そのうちに思い出すさ、嫌でもな……」

 そっとレインがつぶやくように答えた。

 そっか。私は、自分を思い出すのか。

「そう……」


 あの時見たノイズの隙間からは僅かに、赤い液体が覗いていた。

少しでも、お楽しみいただけたなら幸いです。続きが気になっていただけたならこの上ない幸せですね。


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