第089話 帰国の途中
早朝のギルドでは頭痛に悩まされる冒険者と、あられもない姿でだらしがなく寝ている聖女が発見された。誰も悪戯をしようとは思わないので、見るだけで我慢しているのは、元冒険者だったハニエルを知っているからだ。
勇者パーティーの一人だった者に悪戯しようものなら、報復の方が怖いからである。
そのおかげもあって、自分の上司である聖女を回収するのに苦労は無かった。
「今日は朝から伯爵様との面会が有るというのに……」
「やめてぇ……あたまいたーーい」
「自分の魔法で何とかしてくださいっ!」
「ひぃぃ……」
女性で年上の聖職者にくどくど言われ、酔い止め魔法を掛けずに連行されていった。
あんなのでも聖女なのだから、世の中間違っている。
「ハニエルを見るとなんだか安心するわね」
「それは良い事です。ハニエルとはいずれ魔王国で会う事も有るでしょうし、場合によっては召喚も可能です。友誼とコネと、弱みは握っておくのがよろしいかと」
「先生もエグいよね」
「いえいえ、魔王様の悪戯に比べれば」
メルスとリッカーが困った表情で二人を見ている。
美人教師と悪戯生徒としての関係は浅いのに、もう何年も続いているように見えるからだ。
ちなみに、悪戯の内容とは、マリアが寝ている間におでこに『骨』と書かれていた事だった。そのくせ、先生の事は大好きなので直ぐに甘えるし、朝もリンゴジュースをキンキンに冷やして貰っている。
「なんか、急に子供っぽくなったんだけど……」
「子供でしょ?」
「そーなんだけどさ、つい昨日までは私より大人っぽい雰囲気が有ったのよ」
「先生はその呼び方してるけど、もう隠さなくてよくなったの?」
「えぇ。魔王様である事は間違いないので。他に候補とか、選別方法とか、いろいろ有ったと思っていたのですが、魔王職は謎が多いのです。一子相伝だったり、継承だったり、魔王に成って初めて知るという事が多いみたいで」
「そーよー。先生の知らないこといっぱい知っちゃったしぃ」
エッヘンってしてます。
可愛いから頭撫でておきます。
「ご教授願いますね」
「うんうん、先生は私の一番最初の生徒になるのね」
「そうですね、先生」
すっごい嬉しそうに笑っています。
やっぱり、まだお嬢様なんですよね。
え、椅子に座るんですか?
……頭を撫でられました。
「ハニエルが見送りにくるって言ってたけど、どーやって来るのやら……」
撫でてるだけじゃなくて私の髪の毛を弄っています。
三つ編みにされました。
「ちょっと、照れますね」
「先生、可愛いよっ」
二人してニヨニヨしないでください。
髪は女の命とも言いますからねー……。
シャンプーもトリートメントも無い世界ですけど。
……そもそも開発が難しいんですよね。
「何考えこんでるの?」
「ヘアケアについてですかね」
「へあけあ?」
説明をするとメルスまで欲しがったんですけど。
過去にも転生者が居るんですから、作った人はいなかったんですかね?
……科学的な物質が多くなると難しいんですよね。
結局は生活魔法を上手に使える人が王宮で働いたりしていますけど……。
魔王国の資金を稼ぐために色々とアイデアを出す必要がありますかねぇ……。
「魔法以外の研究も必要になる時代というのは来ると思いますけど、先立つお金が無いと何ともって感じですかね」
「髪の毛なんか切っちゃえばいいって思うけど、先生みたいな長い髪も良いもんなー」
「つやつやでさらさらしてるよ」
魔王様だって綺麗な髪をしているじゃありませんか。
「これって生活魔法だよね?」
「生活魔法が有ったら王宮で引っ張りイカだもんね」
タコです。
というか、生物は関係ありません。
「どうせ、マーボゥだと思ってけど、異世界人が持ってたって言うシャンプーの話は聞いたことが有ったかも?」
「まぁ、メルスくらい長生きしていればどこかで聞いていても不思議は有りませんね。過去に出会った同郷の者は、石鹸が有っても洗濯石みたいに硬くて泡立たないし、作り方知らなくて困ったと言ってました。生活魔法を教えてからは便利だと喜んで、狂ったように使っていました」
狂う程なんだ……?
「もしかして蒸気機関も知ってる?」
「ほほう、メルスは意外と博識ですね」
「って事は知ってるのね。アレが造られると困るらしくてドラゴン界隈では大事に成ったっておじいさまから聞いたことが有ったから……」
なんで魔王様とリッカーは私を見るんですかっ。
私はそんな事しませんよ。
「それにしても、お前は良く喋るようになったな、恨みとか憎しみはどうなった?」
「今だって恨んでるけど?」
「魔王様に逆らったらカラードラゴン滅亡計画を実行しますので覚悟してくださいね」
「って、平気でこんなこと言うのよ、怖いって、怖いって」
「先生なら出来そうなところは怖いけど、そんな事したら世界のバランスが崩れるじゃん」
「なによ、嘘って事?」
「もちろん半分は嘘です。ですが、メルスは献身的になれるいい子ですよ」
「ブライド様を殺しておいてこんなこと言える神経が凄いわ」
「殺したのは私じゃありません。というか封印するつもりでしたし」
「じゃあ、殺したのって……誰よ?」
あの時、あの場に居たのはマリアとアイシャである。
鱗が数枚残る程度に消滅させたので、メルスはその鱗を持っていて大切に身体の中で保管している。
「歴代の魔王の意地みたいなものだけど、今の私はなんも知らないよ」
「そうです。魔王様に成った時に黒帝と同じ様に何らかの継承があるような事を言っていましたが、お嬢様は何も無く魔王様に成ってしまったのですよ」
暇つぶしの雑談は長く続いていたらしく、いつの間にかギルド前に大きな馬車がやってきた。
それはギルドが手配した馬車で、今回はそれに乗って帰国の途に就く。
セイビアの部下が御者台から降りてくると、現地のギルド員と手続きをしてからこちらにやってきた。
「失礼いたします。アイシャ様は……」
「あー、はいはい」
「念の為にギルドカードの提出をお願いします」
受け取って確認した時の表情は、あからさまでは無いが確かに驚いている。
手続きは直ぐに済み、馬車に乗り込む姿は他の冒険者達にも目撃された。
それぞれが異なるタイプの四人の美人パーティで、この街では特に変わったことは無いが、他の街ではかなり噂になっている。
ただし、噂として広まっているのは他の二人で、子供と骨は眼中に無い。
「おい、あの黒髪の美女は誰だ?」
「あの子供が先生って呼んでたから、あの時の、あの人なんだろうけど……」
「なんか見てるだけでドキドキするな」
見とれているのは男だけではない。
幾つかの女性パーティも、実はこの者達に憧れて結成したという話が存在する。
伝説にはまだ及ばないが、十分な英雄譚は有るのだ。
リッカーはSランクの冒険者だから、ギルドから直接依頼される事が多く、コール・マーカーが他の街に旅立ってからは、Aランクの依頼をメルスと受けてこなしていた。アイシャも存在こそ知られているが殆どを部屋の中で過ごしていたから、深層の令嬢と思っている者も多くなっている。
「その服はまた着るんですね」
馬車が出発すると、ふかふかの座席にお行儀良く座らない魔王様である。
窓にしがみ付くようにして流れる景色を眺めている。
「これが私の正装だもん」
「私も有るよー」
「なんて贅沢な……」
「メルスはそのまま鉱石リザード並みに硬いから良いじゃない」
「あんた達を見てるとお洒落したくなるのよ」
「それでしたら鱗程度なら魔法で性質を変更できますから、教えましょう」
「……マジ?」
他のカラー達からも聞いたことが無い事をサラッと言うマリア。
そもそも、お洒落というモノが殆ど無い世界で育ってきたし、友達なんていないに等しい。メルスはこの街に来て本当に変わってしまったのだ。
『人って良いなーっ』と、何度も呟いているのだから。
御者台に乗って馬車を動かしているのはセイビアの部下で、ちゃんと説明は受けているのと、セイビアの直属の部下なので信用できる。
しかし、直接見た事が有る訳ではなかったから、夜の休息の時にベッドで寝て、朝は朝食のある旅は、常識を破壊してしまった。
ボールドの港町が近付くと、このままずっと旅をしたいと言いながら本気で泣いていたから、同意してしまいそうになるリッカーが慰めていた。
それでもギルドに到着すれば彼の仕事も終わりを告げる。
「皆さん、お疲れさまでした。部屋は用意してますのでこちらへどうぞ」
メイドに案内され、この街で一番良いホテルの部屋ではギルド長が待っていた。
メルスは見た事の無い豪華な部屋に目をぱちくりさせている。
「あんたスゲー人だったんだな」
「この街では……ですけどね」
長いテーブルにずらーっと並べれられた料理はどこか見覚えがある。
「チョウチンアンコウダイね、高級魚よ。ブタヒレも有るじゃない……」
「獲らないとならないですから、運が良かったんでしょうか?」
「マリノって名前の夫婦で経営している魚屋から取り寄せたんです。ジュンカンキが有るらしくて長期保存が可能な珍しい魚屋です」
どこかで聞き覚えが……。
有りますよね?
「夫婦って……あの猫獣人の二人は結婚したんだね」
「おゃ、お知り合いで?」
「今回は私より魔王様の方が仲が良いかもしれません」
「へーっ……」
旅で疲れた事も有って、お腹ペコペコの四人は並べられた料理をぺろりと平らげた。
給仕達が忙しそうに追加を運んできて、それもペロリと食べてしまう。
特にメルスの食欲が凄い。
今まで遠慮していたらしい。
「こんなに美味しいの初めて食べたわ……人って狡い!」
「先生の料理だって美味しかったと思うけど?」
「そーだけどさ、もしかしてお城でも毎日こんな料理食べてたの……?」
「こんな豪華な料理を毎日食べていたら城が傾いてしまいますよ」
「近くに海が有るから自分で獲ってくればいいじゃないの。先生が料理してくれるよ」
出来ますけど、あの海って水圧レーザーを放つ魚がウヨウヨ居るのですけど……。
父娘で釣りをしてたくらいですので、なんとも思っていないようです。
「水の中は苦手なのよね」
「私も得意じゃないけど、何とかなるよ」
「魔王様は釣竿を持っているじゃありませんか」
「そっか、これで釣れたわね」
以前から釣りは得意のようですけど、特殊技能ではないのですよね。
ステータスにも何もありません。
と、言う事は努力で釣りが上手になったという事になります。
「じゃあ毎日魚料理でもいいぞ」
「肉食だと思ったけど、どうなのその辺りは?」
「……肉なんて殆ど食べられなかったけど」
「どういう生活をしてたのですか……」
メルスの話だと、毎日食べられる訳ではないから、どうしても食べたい時は魔物を襲って食べるか、木の実を探すらしい。それでも食べ物が無い時は草を食べていたとの事。
「人を襲って食べるのかと」
「人って意外と不味いわ」
「食べた事あるんだ?」
「冒険者みたいなのに襲われた時にはらわたを食ってやったけど不味くて吐いたわね。そもそも襲うほど人里近くに棲んでいた訳じゃないし」
「カラーのドラゴンは山奥や寒い地域に棲んでいる事が多いのですよ。目立つと襲われますし、あまり人を殺すと討伐対象にされますから」
「ドラゴン界隈も面倒な事で」
リッカーが飽きれたように呟いたのは、狩る側だったからである。
依頼でもなければドラゴンの巣に挑もうなんて思わない。
「リッカーみたいに強い奴がポンポン現れても困るのよ。だから私達は強くなる必要があったってワケ」
「ドラゴンが街を襲って城から姫を誘拐するなんて、お伽噺ですからね。そもそも食糧として襲ったのならその場で食べますし」
「あー、確かに女の方が肉が柔らかくて美味しかったわね。人って強いほど不味いから、いちいち苦労する方は選ばないし」
そんな話を同意しないで欲しいわ。
「そう言われると、ドラゴンは強いほど美味しいという話もありましたね」
「あー、確かに」
リッカーがメルスの真似をするように陽気に言うと、メルスが怯えてアイシャにしがみ付く。
アイシャがたっぷりの溜息を吐いてから頭を撫でる。
「食べないから安心しなさい」
「ほんとぉ~?」
「私の部下になるのにそんな事しないって」
「あー、よかった……え、部下になるの?」
「嫌なら美味しく頂くけど?」
「やっぱ怖いよ、あんた達」
その話をずっと無言で聞いていた給仕達は怯えていました。
恐くないですよー。
余計に怖がられました。
※おまけ
「こんな森の中に街があるのか……?
「私も話を聞いただけですので
「そうか、そっちの嬢ちゃんは?
「先生が造った街だから、大丈夫じゃないかな
「ほんとに、ど-なってんだあの先生は……
「私達の神様だもんねーっ
「今度は神様か
「それは内緒でしょ、ミィってば
「えへへっ
「ベルさんが来てくれなかったら町から出れなかったから感謝しないと
「オジサン、ありがとう
「お、おぅ……
オジサンと姉妹の短い旅が始まっていました
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