第068話 誰がために
簡単な昼食を済ませたギデオン達は、直ぐに地下室へ戻る。
兵士が警備していて入室を一度は断られたが、睨めば避ける。
なんで無駄な抵抗をするのか。
入れば案の定、魔導師や魔術師が何かを始めようとしていた。
ただし、国王はまだ不在だ。
「何をするつもりだ、俺がいないとダメな筈だが?」
「じゅ、準備だ」
格式の高そうな服を着た魔導師が応えたが、俺はコイツらの名前を知らないし、興味もない。この世界に初めて来た時と同じ場所に立つと、ピンスとヴァルドが不安気に俺を見る。
この時の俺に不安が全くなかった訳ではない。
ヴァルドにもピンスにも、俺がこの世界に来る前の話を多く語ったが、望郷の念よりも、この二人と分かれる寂しさが僅かずつ強くなっているのを感じていた。
その気持ちを払拭する様に笑っていたが、話し終えるとピンスが寂しそうに笑っていたのも、多分、俺の為なんだろう。
「まだなのか?」
「うるさい、失敗したらどうする」
睨み返しても無視するのではなく、必死の形相であるので、ウソは言ってなさそうだが、魔王の腕が少し縮んでいる気がする。
……気の所為ではないな、確かに魔力が減っている。
扉が開いて入って来たのは国王だ。
「どうだ、順調か?」
国王の言葉でも返事をしなかった。
だが、僅かに口元が緩む。
「今なら可能です、時間と空間が繋がっています」
「そうか、良し。……ヤレ」
国王の言葉の後、魔導師が魔法陣に向って何かを呟いている。魔力が部屋中に広がっていくのを誰もが感じただろう。
ピンスが俺ではなくヴァルドの腕にしがみ付いたのを見て、そこが魔法陣の外だったからで、僅かに嫉妬した自分に気が付いて苦笑する。
「……来ました」
来ました?
「おぉ、出て来るぞ……」
出てくる?
「魔獣ベヒモスが……」
国王の高揚感と満面の笑み。
おい、どういう事だ。
足元から何か出てくる……。
こんなものを呼び出してどうするつもりだ。
「ははは、ギデオン。貴様はもう不要だ」
国王が俺を指さしてニヤッとした粘り気のある笑みを向ける。
まるで積年の恨みでも晴らすかのように、唾を飛ばす程の大声で叫んだ。
「我らが召喚した伝説の魔獣ベヒモスに喰い尽くされるがいい!」
魔導師二人が杖と辞書の様に分厚い本を持って、呪文を呟いている。
完全に理解した俺は怒りしかない。
ふつふつなんて段階は無く、一瞬にしてMAXゲージだ。
足元の魔法陣から浮き上がるように現れるが、このままだと地下室が破壊されそうなほどデカそうな身体をしているのが分かる。
まだ僅かに残る冷静さが俺を行動させた。
「死ね」
それはこの場に居るピンスとヴァルド以外に向けた言葉で、恐ろしいほど低く響き、帯剣を抜いて、まだ半分も出てきていない召喚中の化け物を斬り刻んだ。
魔獣の意味不明な叫びが地下室に充満すると、ギデオン以外の者達が慌てて両耳を手で覆う。それほど酷い声が強力な音波となって、壁や天井にひびを入れ、部屋が歪んだ。
恐れよりも怒りの勝るギデオンは、太陽の剣の所有者である。
あの時は斬れなかったが、魔獣の肉を斬るくらいは余裕な伝説の武器だ。
その一振りで肉が裂け
その一振りで血が噴き出し
その一振りで爪が剥げ
その一振りで首が落ちた
啼き声は消えた。
その光景に顔を真っ青にした国王が膝を付いている。
震える身体で魔導師達を睨んだが、睨まれた方はもっと青ざめていた。
息を切らせるギデオンに抱き付いたのはピンスで、涙を流して俺を見詰めてくれた。
冷静に成れたのもこの子のおかげだ。
だからと言って納める怒りはなかった。
「てめーら、説明する気はあるか?」
ギデオンにしてみれば、なんの動物かもわからないまま怒りで斬ったのであり、そいつに魔力が搾り取られる感覚と、魔王の腕が萎んでいくのを見て判断したのだ。
「ち、地上最強の生物な筈だ……神をも手を焼かせるほどの……」
「駄目だ、こいつらはもう価値が無いぞ」
「ああ、ただの馬鹿だ。しかも、教育も矯正も不可能な」
「お前を呼び出した時点でこの国王の頭の悪さは保証されている」
「くっそ、最後まで利用していただけか。信じてた俺はもっとバカってか」
「修ちゃん……」
ピンスが居なかったら目の前の男達も一緒にバラバラになっていただろう。
そのくらいの絶望感は有った筈だが、何故か気持ちが凄く落ち着く。
「わかったわかった、こいつら王族と城だけで済ませる」
「……う、うん」
ピンスにとってそれは凄く同意しにくいが、これ以上は望めない譲歩だろう。
絶望した国王が俺を見て命乞いを始める前に、二つに斬った。
それだけの事だ。
ギデオンはすっかり忘れていた物は、ヴァルドが気が付いて回収した。
ギデオンが城の扉を無視して、壁や柱を斬って進む中、ピンスが城中を全力で駆けずり回っているのは、何も知らない者や、無関係の人達を城外に逃がす為だ。
息を切らせて走り、、足を止めて叫んで、また走る。
その後ろから禍々しいほどの負のオーラを纏ったギデオンが現れると、何も知らない者でも本能で逃げだした。
しかし逃げなかった者達もいる。
腕に覚えのある兵士。
国王の妻。
そして、結婚予定の娘達。
もちろん、命乞いをする事など許さなかった。
更に後ろでは、まるで見届け人にでもなったのかのように、ヴァルドは無言でその光景を見詰めている。
殺さなければ殺される世界に放り込まれた者が執る行動であるのならギデオンは間違っていない。勝手に呼び出した者に全ての責任が有るのだから、これが戦争なら当然の結果だ。
望郷の念を利用し、嘘を信じさせた。
たった一人の犠牲で済むから?
国の為だから?
そんなもの、ギデオンに何ら関係が無い。
王の個人的な望みを叶える為に呼び出され、意味も解らず戦わされ、国民の飢えと苦しみを解決させる為に、一人に責任を負わせ、やらせようとした。
彼の能力は万の兵士を超えるが、心はまだ少年のように弱かった。
希望と絶望を知り、血と悪夢の戦場を生きた少年の心は、日照りの続い枯れた大地よりも酷く荒んだのだ。
「恐ろしい怪物が生まれる瞬間かもしれない……」
怒りに身を任せるでもなく、力任せでもなく、冷静にも見えるほど丁寧に破壊されていく城を見続けるヴァルドは胸が苦しい。
小一時間後には、跡形もなく斬り刻まれた城と、その城から逃げた者達の視線を浴びても、ギデオンの怒りは消えなかった。
この世界で得た経験から冷静な行動を可能にしているが、他人から冷徹と評されようとも、怒りが消える筈はない。
彼は帰る希望を見失っているのだから……。
命令する国王が不在となって、生き残った王族もおらず、それを知った貴族達がどうしたかと言うと、見捨てて他国に亡命したのだ。
泥船に乗る気もないし、その泥船はもう沈んでいる。
ならば今ある財産をもって逃げた方が生き延びられる。
誰もギデオンの心に寄り添う考えは持たなかったし、残された民は何が起きたのかすら気が付かず、日常を送り続けた。
ある時、気が付けば領主はいないし、威張る兵士も居ないし、税を納める先もない。
一時的に喜ぶ者もいたが、それは自分の身は自分で守らなければならなくなった事で、魔物や盗賊に襲われる危険度が増した事になる。
そこで活躍したのは、Bランク以下の冒険者達で、冒険者ギルドは言葉では言い表せないくらい多忙を極め、パルキアの港町は各地から逃げてきた難民で溢れていた。
パロメードの港町に救援要請がギルド経由で届けられたのは、城が消えてから7日後の事である。海を渡らなければならない事を考えれば異常な速度で連絡が来たのだ。
その内容は悲鳴に近い。
「生きる為の食糧が無く、魔物を退治する冒険者が足りず、貨物を運ぶ船が貴族に奪われ、生存を求めた者達がこちらにやって来るのか」
ギルバードからの報告を受けた公爵は頭痛が痛い。
特に逃げてくる貴族達は敵国に所属しているので、いくら避難とはいえそうですかと受け入れる事は出来ない。
王国に所属していた兵士も同様で、捕虜にしなければならない。
まだ、ただの避難民の方が受け入れやすい。
それが今日から約7日後に全ての問題が一気にやって来るのだから、商業ギルドと冒険者ギルドでは、その話題で持ちきりだ。
こんな時に頼りになる人物。
それは公爵よりも早く頼りにされていたが、その人には何の権限もなく、特に画期的な知恵が有る訳ではない。
受け入れ態勢を整える事しかないのは誰の目にも明らかだからだ。
「全く、誰の所為でこうなったのか」
知らんぷりしている人物は、自分の仕えるお嬢様に言っている。
「誰の所為でもなく、誰の為でもなく、民は守らなければならない。それが責任ある公爵で領主なのです」
直接聞いてはいないが、対応が遅れれば自分の方も被害を受ける。
パロイドロス公爵の言う言葉は決まっていた。
「早急に対処せよ。資金や物資が必要なら応援を呼ぶ」
誰の所為か、とされたギデオンは再び行方不明になった。
それを伝えに来たのはヴァルドで、彼はドラゴンで空を飛べるから、ギルドの連絡より早くやって来ていた。
その所為でギルド内では大騒ぎになったのは6日前。
要するに、あの事件の直後、二人と別れてやってきたのだった。
「まぁ、当たって欲しくなかった予想ですけど、私から彼に何かを言うような事は何も無いですね」
もしもの時の手紙の事はまだ黙っているので、リッカーも何も言わない。
この手紙をいつ使うのか不思議には思っていたが。
「ギデオンは逆ルートでこちらにやってくる可能性も僅かに有りますが、何年後とも言えませんし、本当にそのまま行方不明の可能性の方が高いでしょうね」
「自ら行方不明になると言いましたので」
「それにしても黙って見届けられるようになったのは成長ですよ」
当事者に成らず、全てを見て沈黙を保つのはかなりの精神力が必要である。
それは、参加しない、助けない、見殺しにする。
その罪悪感に耐えなければならなず、単に傍観者と言うに留まらないのは、起きた事情を伝える責任を自ら背負っているのだから。
そして、先生の褒められると照れる。
だからって、俺をそんな目で見ないで下さいお嬢様。
「ピンスが居るのなら生きる気力を失ったようでもないですし、新しい人生が見つけられれば良いのですけど」
ヴァルドは何かを呟いて泣き続けるギデオンを見ていたが、それは伝えなかった。ピンスの聖女の能力をもってしても癒せぬ傷を負っていて、能天気に見えたピンスも無言で寄り添う事しか出来ないのだ。
背を向けたギデオンがヴァルドに伝えたのは一言。
「俺は消える」
ピンスは勝手に付いて行き、今はどうしているのか分からない。
「これが国が亡びるって事なのかな」
自分の事を、そしてこれからの事を考えると少し不安になるアイシャに、マリアは微笑みを向けた。
「そうならないようにするのがお嬢様の務めですよ」
アイシャは力強く頷いた。
「あと、こちらの方がお嬢様にとって重要かもしれないモノが」
お嬢様と呼んだのはヴァルドで、アイシャは視線を向けると、彼が手に持っていたのは萎れた父親の腕だ。
「使用された形跡がありますね」
「物凄い魔力でしたよ。これでベヒモスを召喚していましたから」
マリアが僅かに驚く。
「ベヒモスってあの魔獣の?」
頷きながら差し出した腕をアイシャが丁寧に受け取ると、抱きしめて涙を流した。
これを手に入れるのも目的の一つだったのだから、勝てないと分かっていてもギデオンに負けてしまった事に後悔も有ったのだ。
嬉しくて泣くのも久しぶりの感覚で、これで家に、城に、故郷に帰れるのだ。
「……ありがとう!」
旅で身体も成長し、大人びてきた笑顔と涙にドキッとしたのはヴァルドだけではない。同席していたリッカーとマリアも新たな魅力を感じていた。
それは統治者には必要が無いであろう、とても大切なモノだっのかもしれない。
※おまけ
「母さん……
「……
「父さん……
「……
「もう、会えないんだ……
「……
「希望なんて……
「……
「帰りたい……
「行こう、私達が居ても良い場所に……
「……うん……




