第049話 貴族のメンツ
帰還した部隊は顔面蒼白で、隊長と副官は土気色のまま上官に報告に向かった。
隊長は怒声と、罵声と、顔を数発殴られた後に、その場で降格が言い渡され、一般兵として土木事業に従事する事となったが、彼の上官はその後に隊長として出兵が決定される事となり、成功しなければ元隊長と同じ立場にまで落とされるだろう。
第二陣として出兵し、指揮を執る事となったのは男爵となったばかりの貴族で、これから大いに売り出して地位を上げて行き、いずれは伯爵に成ろうと志す若い男性だった。貴族になる前は剣士として優秀だったため、いくつかの魔物退治やダンジョンを攻略していて、冒険者としてはBランクに成っている。
その男爵は相談できる相手が居なかったので、副官をそのまま登用し、話し相手にしたが、何か出来ることも無く、ただの愚痴を聞かせるだけの相手になった。
「怒り心頭でな、なんとしてでも兎獣人、もしくはマンドラゴラを入手しなければならんのだが……」
男爵の冒険者時代の勘が、不可能だと断定している。
そもそも、今回の話が自分に回ってこないように努力していたつもりだったが、マンドラゴラ欲しさに噂になった街に派兵する時点で、止めた方が良いという事を伝えていたのだ。
しかし、派兵は始まり、そして予想通り失敗し、可能な限り被害を小さくする為の消火作業を根気強くしたのだが、その所為で自分が行く事に成ってしまったのだった。
そこで報告を受けた時は怒りに任せて殴ったが、内容を知って呆然としていた。
結果だけを見れば見事な防衛と撤退をしたのは相手側であって、これが少女一人によって負けた事と、その後にオガサンからの救助を受けた事で、彼の中で確定した。
もう、手に入れる事は出来ない。
と……。
あとは可能な限り被害を小さくする事だけを考え、一人もいない街に完全武装した兵士500人を引き連れて、無駄な出兵をする事に成った。
情報収集はしたし、痕跡も探した。
そこで分かったのは、半月ほど前に街の人が忽然と消えた事だった。
貴族の面子どころか戦争の機運が高まったのに、その出鼻を挫かれた事にもなり、マンドラゴラの価格はさらに高騰する事となった。
そんな事を知ろうとする気が全くないアイシャ達は、魔族の新天地となるべき土地まで大行列でやって来た。かなりの労力を要したのだが、オガサンと先生の二人で魔物の殆どを撃退してしまうので、避難民の労力の殆どは馬車での生活や食料の問題であった。
長旅はヒルデスハル辺境伯からの追手を来にくくするためにも必要な行動であり、ずっと農民だった彼らには初めての長旅という者も多く存在した。
特に子供は疲労と不安から泣き出す者もいて苦労は絶えなかったのだ。
「マウセル伯爵には連絡が取れたんですか?」
「ああ、問題ない。こんな山奥に住める奴なんか居ないからな」
「事後承諾ですね」
アレからバタバタしていたから伯爵の許可など取れる筈もなく、勝手にこの地にやってきていたのだった。山奥の森の中を大移動しているが、前方から来る旅人は全くおらず、最近では魔物の出現が高い所為もあって、オガサン以外で通行している者は殆どいなかったらしい。
「あの伯爵は、のほほんとし過ぎてるから、自分の領地なんて手に届く範囲以外はあんまり気にしていないぞ。それに、この通りこの山道は魔物の巣窟だ」
途中から道なき道を、道を作りながら進み、アイシャとオガサンの水魔法で伐採したところを先生が整地ながら進む。数日かけて慎重に進み、目の前に広がる湖と、僅かに有る畔の広場。あとは自分達がココまで通ってきた森だ。町に有った全ての馬車でも20台、それを曳いてきた馬30頭を休ませるには十分だが、今から住むにはどう見ても狭すぎる。家畜に連れてきた牛とニワトリも居場所がない。
「じゃー、ココからこの辺りで良いですかね?」
「ちょっと待て、魔法で見えるように線を引くから正確に頼むぞ」
正確性を要求したのは川が有るからで、魔物から身を守る為の壁を建築するスペースも欲しい。
「魔物は大丈夫です、あの魔除けの鈴はかなり良いモノでしたから」
「そりゃ、魔王国から持ってきて代々大事にしてきたからな」
元メイガスの街の代表となってしまったジョンがそう言うと、先生は納得したようだった。
オガサンの魔法と先生の爆発魔法で、森が一瞬にして消滅したのを目の前で見せられたのは凄くドキドキした。
カッコイイという意味で。
でも、町の人達は違う。
「こんな恐ろしい魔法が存在するなんて……」
しかも、倒れた大木の半分は吹き飛ばしきれず、そのまま地面に転がっていて、先生が魔法の威力を抑えているのは理解できた。
根から抜けて倒れている大木を、先生は次々と魔法袋にしまい、その後の土地をオガサンが見た事の無い魔法で整地している。
先生の説明によると、重力魔法に近いが、空間の重力を変えるのではなく、対象の物質そのものを重くする魔法らしい。逆に軽くする事も出来るが、そうするとコントロールが難しくなるので、重くするだけなら意外と楽な魔法らしい。
「そんなに楽って言うなら手伝ってくれよ」
「まだ終わらなかったんですか、こっちは回収しましたのに」
「おい、アイシャ、お前の先生はどーなってるんだ?」
「先生だもん」
その作業の間、何もしていなかった訳では無い町の人達は、整地された場所に荷物を下ろし、簡易のテントと仮の集積地を作った。馬車は荷台を寝床にし、数日は野営と変わらない生活を覚悟していたのだが……。
「分解した家とかまどを持ってきましたので、子供達だけでも家で寝かせてあげてください。あ、ベッドは全部持ってきました。牛とニワトリの小屋にはこの木材を使ってください」
何を言っているのか理解が追い付かなかったが、確かにバラバラになった家のような物とかまどが目の前に現れた。目の前に見慣れた宿屋が設置されると、次に木材を使ってテキパキと組み立てる。
流石に先生一人ではなく、みんなで手伝うから必要なモノはすぐ完成した。
「倉庫以外では一番大きな建物でしたので持ってきたんですよ」
家を持って来るなんて言葉は初めて聞いた。
というか、どーやって分解したんだ、それは家だぞ。
そもそも組み立てを見てても分からん。
「おい、お前の先生は……先生だったな」
お嬢様がドヤ顔するのは何でですかね。
「そんな便利な袋があるなら全部詰め込んで来ればよかったじゃないか」
「そう言われると思いましたが、それが可能なら城を運びますよ」
微妙に納得しきれていない表情のオガサンだが、作業を終えて休んでいると子供が集まって会話にならなくなった。
子供達に人気が有るのは魔法を教えて貰ったり、冒険の話を聞きたがるからである。
「しかし、今後の食べ物はどうしたらいいんだ?」
「あと三日と持ちません」
無理やり連れてきた人も居る所為で、多少の反発はある。
オガサンとジョンが説得して連れて来たし、あの街に残っても捕まって奴隷になる人生しかないと理解できれば、諦めもするのだが……。
「オガサンが運んできてくれますのでしばらくは辛抱してください。あとは魔物を狩ってきますので」
何故かお嬢様がやる気を出している。
最近は成長が早い事も有って、自分の力を試したい気持ちが上がり過ぎているのだ。
自信を付けるのは良い事ですが、過信は禁物である事も教えなければなりませんね。
「ねー、この湖何かいるよ?」
そんな子供の声は当たり前に流されるはずだった。
湖なんだから魚くらいいるだろう。
魔物が居ても不思議じゃないが、湖に棲む水棲系魔物はそんなに強くない。
強くない……と思う。
「おい、あれは何だ……?」
オガサンと子供達が見つめる先には、大きな渦の中から現れる何かの魔物であった。
※追加情報
■:テオトル・デ・ザジャー
男爵になったばかりの28歳の青年
貴族に成れたのは冒険者時代に助けた女性が偶然にも貴族のお嬢様だった事でチャンスを得た。彼はその偶然を利用していくつかの問題を力技で解決し、準男爵を叙勲されると、正式な貴族の枠に入る為に媚びを売りまくった結果である。
実力的にはSランクも目指せたのではないかと言われるくらいで、成り上がり貴族は嫌われる事が多いが、彼は色々な貴族と繋がりを持つことで不満を解消させていた。
父親も母親も貴族生活には慣れず、引退という理由で閑静な住宅街に引きこもるように生活している。




