第002話 悔しい
目の前の一人娘に、明確な回答が一つだけある。
「魔王様のお仕事、それは理解していますか?」
苦しみも悲しみも理解できる教育係は、横に座って優しく抱きしめる。
「魔王は常に人と戦い続けてきました。それは、人の敵としてではなく、魔界を守る為なのです」
くしゃくしゃでも柔らかい、その長く美しい髪の毛をそっと整える。
「人が魔王を倒す理由も、人の住む世界を守る為なのです。その境界は極めて不安定で、悲しみと苦しみが、恨み辛みを産み、争いが収まる事はありません」
懐から取り出した小瓶の蓋を開け、小さな手に渡す。
受け取ると、少しだけ飲んだのを確認してホッとする。
静まり返った部屋の中で、僅かな時間が通り過ぎる。
「お嬢様は、どうしたいですか?私には貴女のお父様、魔王様から教育するように言われています。それには命を守る事も含まれていますし、やりたい事を見付けたら応援するようにも言われています」
「私…?」
「教えなければならない事はたくさん残っていますが、これからやらなければならない事があります。もちろん、拒否する事も可能ですが」
「………」
「魔王には記憶の継承が有り、玉座に座る事で受け取れるそうなのですが、私には受け取る事が出来ません。資格が無いので…」
魔王の血筋だから受け取れるわけでもなく、魔王に成れば受け取れるわけでもなく、その理由は教育係も知らない。長く生きて来ても、魔王の継承については魔王にしか分からないのだ。過去の魔王が継承に玉座を使用しているのは知っていても、その魔王が死んでしまったため、継承の方法は謎のままだ。
「過去の魔王の記憶や能力の一部も受け取れるそうですので、もし、何かやりたい事があるのでしたら、座ってみると良いと思います」
「お父さんの記憶も…?」
「多分」
教育係として役に立てないのは悔しいが、その他の事でサポートするつもりだ。
「私は…」
私は…
同じ苦しみを与えてやりたい…
大切な家族を失った悲しみを…
楽しかった日々が思い出にしか残らない…
新しい気持ちを失った私を…
「あの勇者達は絶対許さない…」
身体が震える。
「復讐はあまりお勧めしませんが…」
生きる為の源としては不安要素しかないが、今は必要な力でもある。
悲しみを超えた先に怒りが残るというのは、親ならば嬉しくは無いだろう。
教育係なら、曲げても止めさせるべきだったのかもしれない。
しかし………
「悔しいの……、何も出来なかったのが……」
コクコクと瓶の中身を飲み干す。
「あの時に止めてくれなかったら私も死んでいたと思うの」
「あの時は気付かれたと思いましたが…」
聖職者が周囲を見渡していたのでかなり驚いたのだが、お嬢様を守る為に盾になるつもりであった。気付かれないように結界も張っていた筈でしたが。
扉がノックされる。
「隊長はこちらにいませんか?」
「なんです?」
「あ、良かった。捜したんですよ」
「…報告を」
「あ、はい。掃除が終わりました」
「玉座はそのままですか?」
「はい、そのままです」
抱きしめていた腕が離れると、少し寒い。
「立てますか?」
差し伸べられたその手には骨しかなかった。
※後書き
城内のスケルトンは教育係の部下ではなく、契約で使役している奴隷のような状態
スケルトン達にも性別がある
働き者だが身体は崩れやすい




