招かれざる客
珍しく危険な目に遭う主人公……な回なので、苦手な方はご注意を。
●8月■日
本日も朝からいい天気だ。
玄関を開けて外を見ても、ほとんど人通りはない。
しばらく外を眺めていると、やたらとこちらを見ている男性らしい人影が遠くに見えたので、なんとなく嫌な気分になって家の中へ戻る。
出かけるなら徒歩は止めて、車にした方が良いかもしれない。
けど天気予報はハーピー予報なので、車での外出も止めておこうと思いながら、日課の家庭菜園への手入れへ向かう。
相変わらずどうなっているかわからないが、そろそろ盛りが終わっているはずの作物も艶々していて、きゅわきゅわ言っている。
あ、きゅわきゅわ言ってるのは、キュウリを収穫してくれているカッパくんだけど。
きゅわきゅわなカッパくんは鈴なりのミニトマトをじっと見ていたので、あーんと言いながら口へ放り込んであげると、嬉しそうにモグモグと食べ始める。
美味しかったらしく、きゅわきゅわ言う姿を見ると、作った甲斐があるってものだ。……たとえ植えた覚えが無かったとしても。
採り頃の物を一通り採り終えると、私とカッパくんは麦茶を飲みながら日陰で一休みだ。
そこでふと先日の出来事を思い出した私は、カッパくんへ話を振る事にした。
そもそも、はじめましてしたのはカッパくん経由な訳だし。
「この間、前にカッパくんが紹介してくれた、美人さんが一人で来てくれたんだけど……」
「きゅわ!? きゅわわ?」
美人さんが帰り際、カッパくん達と会ったのではないかと思っていたが、カッパくんの反応からするとどうやら会えていなかったらしい。
「きゅわきゅわきゅわわわ?」
麦茶のコップを両手で掴みながら、カッパくんが首を傾げて私の顔を覗き込んで何事か訊ねてくる。
「んー、何の用事だったかはわからないよ。卵食べに来たって訳じゃないだろうし」
結果的にはそうなっちゃった感じになったけれど。
あと、カッパくんが何を言ってるかはわからないから、予想して答えてみた。
「きゅぅ……」
私の答えを聞いたカッパくんは、うーんとばかりに悩み始めたので、そこまで的外れではなかったようだ。
カッパくんは表情豊かだし、身振り手振りも大きいから、わかりやすくて助かる。
これと真逆といえるのは、今回話題の主になっている美人さんだろう。
「おはようございます」
可愛らしく悩んでいるカッパくんを見守っていたら、爽やかな挨拶の声が聞こえてきて顔をそちらへ向ける。
声から予想していた通り、そこには笑顔を浮かべたきゅうさんの姿があり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるところだった。
「おはよう、きゅうさん。今日も暑いね」
「きゅわ!」
仲良しな(たぶん)兄貴分の登場に、カッパくんも嬉しそうに駆け寄って行く。
勢いで脱げそうになった麦わら帽子を優しく直してあげているきゅうさんの姿を見た私は、カッパくんとは違って無防備なままのきゅうさんの頭へ視線をやる。
今のところ、まだ皿は乾いてはいないようだけど……。
ちらりと振り仰いだ空には、雲一つなく今日も暑くなりそうだ。
これはきゅうさんにも早急に帽子が必要かもしれない。
「そういえば、使っていないやつがあるか……」
思い出したのは、こちらへ転移する前に近所の紳士なおじいさんから頂いた……一応帽子と呼んでもいいであろう存在だ。
私は被る勇気が無かったので、壁飾りとして飾ってある……はず。
「きゅうさん、少し待ってて」
声をかけてから勝手口へ飛び込み、サンダルを放り投げるようにして脱ぎながら室内へと戻る。
記憶していた通りの場所に目当ての物があったので、それを掴んで…………埃を払って汚れがないのを確認してから再び勝手口から出る。
先ほどサンダルを脱ぎ散らかしてしまったので、履くのに苦労して地味にイラッとしてしまったが、これは自業自得だ。
サンダルがちょっと芸術的な散らばり方をしていたせいで、転けそうになったりもしたが、何とか回避してカッパくん達の元へと戻る。
「きゅうさん、よかったらこれ使って」
「え? いいんですか?」
私にはハードルが高かった帽子……的な物を驚いた様子ながら嬉しそうに笑って受け取ってくれたきゅうさん。
そのまま早速被ってくれたのだが、これが思いの外よく似合う。
まるで始めからきゅうさんのために誂えたようだ。
「おかしくないですか?」
「うん、よく似合ってるよ。その、竹笠」
竹笠──日本昔話でお地蔵様に被せてあげた……のは菅笠だけど、まぁそれの竹板って解釈でいいはず。
円錐を潰した形をした竹笠は、お世辞じゃなくきゅうさんによく似合っている。
そして、私にはきっと似合わないから。
近所の紳士なおじいさんには二度と会えないと思うので、心の中でそう言い訳しておいた。
まぁ使ってもらえれば、あのおじいさんも喜んでくれるだろう。
「きゅうわ? きゅわわ!」
竹笠を被ったきゅうさんを見たカッパくんは、興奮した様子で自らの被っている麦わら帽子を…………たぶん自慢してる。
そうだね、カッパくんも麦わら帽子よく似合うよ。
だから、私の方をチラチラ見てくるのは止めてほしい。
きゅうさんも一緒になって見てこないで。
「…………二人共、よく似合ってて可愛いよ」
正解だったのかはわからないが、顔を見合わせたカッパくんときゅうさんは満足そうなので、きっと間違ってはいなかったのだ。
そう思う事にして、二人から手伝ってもらって作業を進めていく。
きゅうさんに美人さんの事を訊ねれば良かったのではと気付いたのは、夕暮れの中、二つの影を茂みの向こうへ見送った後だった。
●8月☆日
きゅうさんに竹笠をプレゼントをした数日後、私は外からの異音で目を覚ます。
枕元の時計を確認すると、軽く真夜中に引っかかりそうなぐらいの早朝だ。
カーテン越しに確認した外は、かろうじて明るくなり始めているぐらいの明るさだ。
「……カッパくん?」
そんな訳ないかと思いながら、一番平和な答えを期待して呟くが、たぶん違うと思う。
今までカッパくんがこんな時間に来た事はない。
パジャマ代わりの部屋着から着替えた私は、念の為ハエ叩きを手に台所の窓から外の様子を窺う。
うっすら明るくなり始めた外に見えるのは、我が家の家庭菜園だ。
朝露に濡れた野菜達がまさかついに動き出した…………なんて事はなく、異音の原因は窓から見た限りでは分からない。
「外へ出て、見てみるしかないか」
腹を括った私は、ハエ叩きを構えて勝手口の鍵を開けると、恐る恐る外を窺う。
八メートルのクマがうろつき、ハーピーが飛び交うような世界なんだから、恐ろしいモンスターが飛び出してくるかもしれない。
この時、私の頭の中には、愉快な隣人であるカッパ達の事はすっかり抜け落ちていた。
彼らも立派(?)なモンスター枠な……はず。
そんな当たり前の事に気付いたのは全てが終わって落ち着いた後で、恐る恐る外を窺っていた私はそれどころじゃなかった。
怪談とか心霊番組は大好きだが、リアルに自分が体験するのはごめんなタイプだから。
ガクガクブルブルの顔文字状態で、さらに一歩外へ踏み出した時だった。
生い茂った野菜達によって作り出されている物陰から、何かが飛び出して来る。
「っ!?」
驚いて息を呑んだ私の目の前に現れたのは、街頭でアンケートをしたらほぼ全員に不審者という評価をもらいそうなおじさんだ。
無精髭に中肉中背、全体的に薄汚れた恰好。
人は見た目で〜とは言っても、どう贔屓目に見ても不審者だ。
目つきはやたらとギラギラしているし、手にはバールのような物を持っているしで、不穏な気配しかない。
「……あの、うちに何か?」
刺激しないようにそっと声をかけてみたが、無駄だった。
鼻息荒く顔を真っ赤にしたおじさんは、手にしているバールのような物を振り上げた体勢で、徐々に迫ってくる。
走って逃げたいところだが、恥ずかしながら私はとてつもなく足が遅い。
全力で走っているのに友人から「本気で走って!」と怒鳴られた悲しい高校時代。
って、そんな思い出に浸っている場合じゃない。
どれだけ遅かろうが動き出さなければ捕まってしまう。
そう思ってすぐ走り出したが案の定、緊張からかただの運動音痴なせいかはわからないが、思い切り足をもつれさせてうつ伏せに転んでしまった。
「い、たた……」
地面が土なので大した怪我をしてないのはせめてもの幸いだったが、逃げようとしていた身としては致命的な時間のロスだ。
それでも立ち上がって逃げようと顔を上げる。
しかし目の前には、ほんの一メートル程の距離にまで迫っているおじさんの姿がある。
やたらと鼻息と呼吸が荒いので、この距離でもハァハァとか聞こえてきて、さすがに背筋がゾワゾワする。
「あ、あのお金なら……」
とりあえずお金より命が優先だろうと今さらながらの交渉をしてみようと試みたが、おじさんのギラギラした表情には変化がない。
バールを持っていない方の手が私へ伸びて来て私が身構えるのと、おじさんがその体勢のまま固まるのは同時だった。
何故かこのタイミングでこのおじさんって何日か前にうちを窺っていたおじさんだと気付いた。
だからなんだという話だけど……。
思わず思考がそんな風に吹っ飛ぶぐらい、おじさんが固まって動かないのだ。
念の為、すぐに立ち上がって手出しされないぐらいの距離をとったが、おじさんは固まったままだ。
いや、よく見ると動いているような?
震えが速すぎてわからなかったが、さっきの私よりガクガクブルブルしながら、ギラギラしていた目をまん丸く見開いて私の顔を見ている。
まるでナニかとても恐ろしい存在を見てしまった、そんな表情で。
おじさんは完全に戦意喪失したみたいだが、ここにこうしていられても困るのでどうしようという悩む私。
呼ぶべきは警察で良いのか、それとも防衛隊なのか。
最終的に、勝手口から家の中へ戻って安全を確保して、そこからおじさんに訊ねてみる? という冷静になればツッコミどころ満載な考えが浮かぶ。
そこへ、
「きゅーわ! きゅわわ! きゅわぁ!?」
という天の声と言いたくなる声と共に、夜明け前の薄暗い中を緑色ボディが突進してくる。
「きゅわわ!!」
おじさんから私を守るように仁王立ちしてくれているカッパくん。
勇ましいけれど、カッパくんのサイズは小学校低学年ぐらいなので、申し訳ないけれど正直不安だ。
そんな私の内心を見抜いた訳ではないだろうが、すぐにきゅうさんもやって来てカッパくんの隣に立ち──おじさんを冷え切った眼差しで見つめる。
「あー……」
色々聞きたい事があるのに、安心したら急に体の力が抜けてきてしまい、上手く言葉が出て来ない。
「大丈夫です。あなたは、その子と中で休んでいてください。……あの方がいらっしゃいますから」
「きゅーわ」
私が何か答える前に、私はカッパくんにぐいぐいと手を引かれて勝手口から家の中へ戻される。
窓から外を見ようと思えば出来たが、見ようとは思わなかった。
──きっと、その方が良いと思ったから。
転んで出来た傷を心配してくれるカッパくんの頭を麦わら帽子越しに撫でていると、外から微かな鈴のような音と、それを掻き消さんばかりの大雨の音が聞こえてきて。
なんとなく、あのおじさんとは二度と会わないんだろうなぁと理解した私がいた。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)
カッパセ◯ム発動しました(*>_<*)
まぁ、直接何かしたのは…………ねぇ?
おじさんは、忍び込む家を間違えましたね。