プロローグ
彼女いない歴=年齢。
つまり、27年間、俺は誰とも付き合ったことがない。
田中徹。
しがないカメラマンだ。
「カメラマン」って響きだけ聞くと、ちょっとカッコいいように思われることもある。
でも実態は、企業の広告撮影やら、地方アイドルのブロマイド撮影やら。
ギャラは安い、日程は不規則。もちろんモテるわけでもない。
華やかさとは程遠い世界で、俺はなんとか生きている。
趣味はガジェット集めと、アニメ、地下アイドルのオタク活動。
チェキを撮っては帰りにラーメン。
休日は編集作業と、推しの配信にスパチャ。
──気づけば、そんな生活が何年も続いていた。
だけど、最近ふと思ったんだ。
「俺、このまま一生、誰とも恋愛せずに終わるのか?」って。
そんなある夜、いつものようにYouTubeをダラダラと見ていたときのこと。
スマホの画面に、ふと目を引くサムネイルが流れてきた。
『彼氏目線で送る、理想のデートVlog』
……なんだこれ。
画質は微妙、構図も甘い。
だけど、なぜか目が離せなかった。
女の子がふと見せる仕草。カメラ越しの自然な笑顔。
まるで、自分がその子の彼氏になったような錯覚。
──これ、俺のカメラで撮ったらもっと凄い映像になるんじゃないか?
その瞬間、胸がゾクッとするのと同時に、心が弾んだ。
「そうだ。これ、俺がやればいいじゃん」
恋人のいない俺が、
“彼氏目線で女の子を撮る”ってコンテンツを作ったらどうなるか。
彼女との日常。
デートの帰り道。
ふとした表情、ふとした仕草。
そんな“リアルな恋”を映像で届ける、純愛系デート動画。
AVじゃない。演出でもない。
俺のカメラで、“本物のときめき”を撮るんだ。
そう決めた俺は、次の日、機材を新調するために秋葉原へと向かった。
──そしてその日、出会ってしまった。
アニメキャラのトートバッグを下げて、地味な服装で街を歩く女の子。
すれ違いざま、彼女が足をもつれさせたその瞬間、
俺は思わず手を伸ばして、彼女の腕をつかんだ。
「っ、あ……すみません……!」
そのとき、彼女の目が、俺を見上げた。
どこか自信なさげな、だけど、
その奥にキラリと光る、強さと透明感。
──ああ、俺はたぶん、今日からこの子を撮るんだろうな。
それは、始まりだった。
冴えない童貞カメラマンと、どこにでもいそうなオタク女子の、
だけど確かに“恋”に変わっていく、日々の記録。
最初はただの“推し”だった。
ただ、画面越しに見て、応援していた存在。
でも今は違う。
この気持ちは、もう“推し”なんかじゃ片づけられない。
それでも、俺はやっぱりそう呼びたくなる。
あの日から、毎日そう思っている。
そして今日も──推しが可愛い。