第8話:冒険者ギルドへ
「まずは町を案内する。慣れてもらったら、一人で買い物にも行ってもらえるから」
「はい!」
サイラスの言葉に、マリサは改めて感謝した。
(気遣ってくれていい人だな。それにとても面倒見がいい。騎士団の団長をしていたせいかな……)
細々と新参者への対応が行き届いている。
(それに――サイラスさんが隣にいてくれると安心)
腕っぷしは折り紙付きのうえ、長身で鋭い眼差しのサイラスがいると変な人に絡まれずに済む。
国を追放されて一人で旅立ったマリサは、道中いろんな男たちにすり寄られて辟易していた。
(彼と出会えてよかったな……)
サニーサイドのメイン通りに来ると、朝からもう人出が多く、賑わっていた。
サイラスが一軒ずつ店を紹介してくれる。
台所用品が充実している店、美味しい果物が売っている店、服を買うならお勧めの店などなど。
「まずは冒険者ギルドの本部に行ってみるか。これから何かと関わることになると思うから」
サイラスの言葉にマリサは気を引き締めた。
(冒険者ギルド……! ダンジョンとこの町を管理している自治団体……!)
ギルドの本部は一目でわかった。
町の中央広場に面した、見上げるような大きい煉瓦造りの立派な建物だ。
「扉が二つありますね」
「左は酒場の入り口だ。中でも繋がっているが、ギルドに用事があるなら右の入り口から入るといい」
そう言うと、サイラスは慣れた様子で扉を開けた。
「わあ……」
中は広々とした広間だった。
壁には掲示板があり、あちこちにソファも置かれている。
奥にはカウンターがあり、綺麗な女性が立っている。
「まずは住民登録をした方がいい」
「住民登録ですか?」
「ああ。町から知らせが届くこともあるし、登録しておけば仕事の斡旋もスムーズだ。困った時も頼れる」
「そうなんですね!」
マリサは何も知らない自分を恥じた。
(ただ、サニーサイドに行けば何とかなると思っていた……)
貴族の箱入り娘で、女学校を出るとすぐに聖女として王宮で働いた。
いわゆる市井の手続きなど何も知らない。
「リンダ、住民登録を頼む」
「あら、サイラス。こちらが噂の同居人の方?」
栗色の髪をした美人がにこりと微笑んでくる。
「初めまして。受付のリンダです。サニーサイドは初めて?」
「あ、はい」
「では、こちらの用紙に記入を。書けるところだけでいいから」
「はいっ……」
張り切ってペンを持ったマリサだが、『名前』の欄でいきなり筆が止まる。
(本名を書いたら聖女ってバレてしまうかも……! マリサ・レーデンでいいよね?)
出身地の欄に、またもや筆が止まる。
(く、空欄で!)
マリサは傍らにいるサイラスを見上げた。
「あの……住所はサイラスさんの家でいいんでしょうか?」
「ああ。貸してみろ」
そう言うと、サイラスが住所をさらさらと書いてくれる。
「身元保証人も俺でいいな?」
「えっ、あっ、はい!」
サイラスが保証人欄に名前と住所を書いてくれる。
マリサはじーんとした。
(会ったばかりでどこの誰かもわからないのに、保証人になってくれるんだ……)
「職業はどうする? カフェ店員でいいか?」
「それでお願いします!」
「わかった」
サイラスが書き終えるとリンダに紙と銀貨を渡した。
「届け出と登録料だ」
「そんな! 私が払います!」
マリサは慌てて財布を出そうとしたが、サイラスが片手で制した。
「給金の前払いと思えばいい。手持ちが少ないのだろう? 新生活で何かと入り用になるだろうからとっておけ」
サイラスの言うとおりだった。
マリサは静かにうなずいた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
そんなマリサをリンダがじっと観察するように見る。
「ふふ。育ちがいいお嬢さんみたいね。はい登録証」
名前と登録番号、そして登録日が記入されたカードを渡される。
「わあ……」
「ここでの身分証になる。いつでも持っておくといい」
「はい!」
ふたりのやり取りを見ていたリンダがふっと微笑む。
「サイラスが女性と暮らすなんて、騙されていたらどうしようかと思ってけど……杞憂みたいね」
「俺は騙されたりしない」
サイラスがムッとしたように唇を引き結ぶのを、リンダが面白そうに見つめる。
「そう? 堅物な男ほど、清純ぶった女の子に弱いのよね~」
「わ、私、サイラスさんを騙したりしません!」
マリサが必死になって言うと、リンダがぷっと吹きだした。
「冗談よ、冗談」
「そ、そうなんですか?」
勘違いしてしまったと赤くなりマリサに、リンダが微笑む。
「あなたこそ、怖くないの? こーんな体格のいい男といきなり一緒に暮らすなんて」
マリサはハッとした。
(そうだ……彼は敵国出身の最強の騎士……なのに、なんで全然怖くないんだろう……)
マリサはサイラスを見上げた。
自分の倍くらいある体の厚み、身長は30㎝ほども違うだろう。マリサの頭は彼の顎にも届かない。
(でも、怖いとは思えない……)
それは不思議な感覚だった。
サイラスといると、まるで家族といるような安心感を覚えるのだ。
(あっ……彼が私に剣を捧げてくれたから?)
絶対の忠誠を誓うという、騎士の儀式を思い出す。
なぜだか、それを信じているのかもしれない。
「リンダ、つまらないことばかり言うな」
「ごめんごめん。あんまり可愛らしいお嬢さんだから、からかってみたくなっただけ」
リンダがちろっと舌を出す。
ちょっとやりすぎたと思っているようだ。
「お詫びに酒場で何か飲んでってよ。私のツケにしとくから」
リンダがそう言うと、酒場の方にいく。
「……酒場にも行ってみるか。ギルドの酒場は飯がうまくてな。たまに利用する」
「そうなんですね」
マリサはドキドキしてきた。
酒場に行くのは初めてなのだ。