第56話:ふたりで
家に帰ると安心したのか、ふたりとも空腹を訴えた。
「何かありものでご飯を作りましょう!」
「そうだな。もう出かけたくない。家で休みたい」
珍しくサイラスが弱音を吐く。
それも無理はない。
気の抜けない戦いの日々が続き、挙げ句にマリサが殺されそうになったのだ。
精神的に疲弊するのは当然だ。
(私も……疲れたわ)
ナディアのことはオーエンに任せるしかないが、やはり心に重たいものが残っている。
簡単な卵料理とパン、サラダを用意して、ふたりは食卓を囲んだ。
「美味しい……!」
「ああ。空腹は最高のスパイスと言われるのがわかる」
一気に食べ終え、ふたりは食後のコーヒーを楽しんだ。
「マリサ」
サイラスが改まった口調になったので、マリサは思わず姿勢を正した。
「なんでしょう?」
「きみにもう一度確認したいんだ。きみはもともと、サニーサイドでカフェを開きたいと話していたな?」
「はい!」
すべてを失ってサニーサイドに向かっていたとき――絶望だけでなく希望もあった。
聖女ではなくなったからこそ、できる夢を抱えていた。
「オーエンからの報酬で、きみはその夢を叶えられる。好きな店を作れるんだ。なのに、このままでいいのか?」
マリサはまっすぐサイラスを見つめた。
「ええ。私はここに来たばかりの時はたった一人でした。追放され、家族にも見捨てられ、こんな私と一緒にいてくれる人がいるなんて思いもしなかった」
マリサは立ち上がり、そっとサイラスの手を握った。
「出会いは――突発的なものでした。でも、私は貴方と一緒にいたいと思ったんです」
サイラスの青い目が大きく見開かれる。
「戸惑う私に、貴方は騎士の誓いをしてくれた。信じてみたいと思わせてくれた」
マリサはサイラスの手を握る手に力を込めた。
「そして、貴方は本当に信頼に足る方でした。右も左もわからない私を守り導いてくれた……」
確かに、今のマリサならば一人でカフェを開店させることができる。
「私はサイラスさんと一緒にいたいです」
そう言ってから、マリサは心配になった。
「逆に……私、お邪魔じゃないですか? 責任を感じて我慢しているのであれば言ってください」
サイラスがおもむろに口元を撫でた。
マリサは息を止め、サイラスの答えを待つ。
「いや……騎士の誓いを立てたが、途中から忘れていたよ。誓いがなくとも、同じことをしていたと思う」
サイラスがそっとマリサの手を取る。
「いつも、どこにいてもマリサのことばかり思い出す。大丈夫かと心配になる。だから、できればそばにいてほしい」
「……っ」
マリサは顔が赤くなるのを感じた。
サイラスの言葉はまるで愛の告白のようだった。
「これからもよろしくお願いします」
マリサはサイラスの手をきゅっと握った。
サニーサイドでサイラスと一緒に生きていく――それがマリサの選んだ道だ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、リアクションや評価などをいただけると嬉しいです。




