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第53話:ナディアの刃

「ナディア、どうして……」


 首にナイフを当てられながらも、マリサは気丈(きじょう)に問い返した。


「……逃げてきたの。すべてが露見(ろけん)して……」

「やっぱり、すべてあなたの企みだったの」

「ええ、そうよ」


 ナディアの言葉にマリサは小さく息を吐いた。

 わかっていたとはいえ、幼なじみに(おとしい)れられたと知るのはつらかった。


「こっちに来なさい!」


 ナディアに引っ張られ、マリサはカフェの裏手に移動した。

 人目につきたくないのだろう。


「ナディア、どうしてあんなこと……」


 ぐっと肩をつかんだ手に力が込められる。


「なんであんたばっかり!」


 怒りを含んだ声が耳元でする。


「え……?」

「なんで追放されたくせに、あんたは幸せそうにしているの!?」

「ナディア、何を言って……」

「ムカつくのよ、そういうところが!!」


 ナディアの苛立つ声が耳元で響く。


「私、あなたに何かした……? ずっと友達だと思っていたのに」

「私はライバルだと思っていたわ」

「え……?」

「同い年で、聖女の力を持っていて、同じ金髪で……ずっと周囲も私たちを比べていたでしょう?」

「……」


 思いがけない言葉にマリサは戸惑(とまど)った。


「ライバルなんて……私は別に……」


 ずっと一緒の学校、職場で、友達としか思ったことがなかった。


「私はあんたに勝ちたくていつも頑張ったわ! できるだけ目立つように、周囲にアピールした。なのに、あんたはしれっとすべてを手に入れていく!」


「え……私は別に何も手に入れてなんか……」

「ロイド様は!? 誰もが憧れる王太子の婚約者にあっさりとなった!」


 ナディアがの声が震える。


「私がロイド様の目に留まるように、どれだけ努力したと思ってるの?」

「そんな……知らなかったわ。私、聖女の仕事を(つと)めるのに精一杯で……」


 ロイドがたまに視察に来ているのは知っていたが、特に意識をしたことはなかった。

 そう言われてみれば、ナディアは積極的に外部の人たちと話していることが多かった。


(いろんな人と交流があってすごい、と思っていたけど……)


「あんたさえいなくなればロイド様の心が手に入ると思っていたのに……」


 ぎりっと歯を食いしばる音が耳元でする。


「私には見向きもしなかった! しかも、あんたの方が聖女の能力があったから、浄化の仕事が(とどこお)るし!」

「……」


 他の聖女に比べて自分の力が強いと感じたことはない。

 だが、クインも言っていたように浄化がうまくいっていないらしい。


「あんたは持久力があるのよ! ずっと長時間集中できる力がね!」

「……」


 ナディアの方がよほどマリサのことを知っているようだ。


「いつも何も欲しいものはない、みたいな顔をして全部かっさらっていく! あんたなんかいなくなればいい!」

「ナディア……」


 ナディアが泣いている気がして、マリサは振り向きたかったができなかった。

 ぐっと強くナイフが喉元に当てられる。


「もう私は終わりよ! 祖国ではお尋ね者だわ!」


 マリサの首筋に鋭い痛みが走った。

 ナイフが食い込んだのだ。


「ナディア……やめて」

「私は行き場がないのに……。なんであんたはヌケヌケと新しい生活を――」


 ナディアがふうっと息を吐いた。


「せめて、あんたを道連(みちづ)れに!」


 ナイフにぐっと力が込められる。


「……っ!」


 マリサは思わず目を閉じた。


「やめろーーーーー!!」


 いきなり飛んできた声に、ナディアがびくっとナイフを止める。

 駆けつけてきたのはサイラスだった。


「見送りにしたら遅いから探しに来たんだ。誰だ、おまえは!」

「来ないで! この子を殺すわよ!」


 パニックになったナディアが悲鳴のような声を上げる。


「うっ……」


 ゆっくり首筋を温かいものが流れていった。

 ナディアのナイフがゆっくり食い込んでいく。


 サイラスの顔が引きつるのがわかる。

 サイラスは剣に手をかけていた。

 だが、彼の剣が届くより、ナディアがナイフでマリサの首を切り裂く方が早いだろう。


(こんな終わり方……嫌だ)


 マリサは口を開けて大きくあえいだ。

 だが、打つ手がない。

 今、ナディアを刺激したら、一瞬で首を切り裂かれるだろう。

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