第50話:ギルドマスター
「取り込み中失礼」
銀髪の男性がにこりと笑う。
すらりとした長身と、端整な顔立ちをした華やかな雰囲気の男性だ。
年の頃は三十歳前後だろうか。もっと若くも、年上にも見える。
彼は今にも殺し合いが始まりそうな緊迫した空気を気にもせず、にこやかに足を進めてきた。
「誰だ、貴様」
殺気立ったゾーイが銀髪の青年に剣を向ける。
青年はにっこり笑うと軽く腰を折った。
「初めまして。僕はオーエン・ギルネス。サニーサイド冒険者ギルドのギルドマスターだ」
「えっ……」
マリサは驚いた。
役職から想像するより、ずっと若い青年だった。
(この人が……)
あのサイラスが頼りにしているというギルドマスターが目の前にいる。
見ると、もうサイラスは剣を鞘に収めていた。
(……っ)
つまり、サイラスはこの場をオーエンに任せて大丈夫と判断したということだ。
マリサはごくりと唾を飲み込み、オーエンを見つめた。
「きみがマリサ・レーデンランドだね」
「は、はい」
もう情報が伝わっているのか、オーエンはマリサの本名をさらりと口にした。
「此度はドラゴン撃退に一役買ってくれたそうで、皆を代表してお礼を述べるよ。本当にありがとう」
「い、いえ……」
華やかな笑みを浮かべるオーエンに気後れしてしまう。
クインとゾーイは毒気を抜かれたように、明るい闖入者を見つめている。
「さて、きみはルーベント王国出身の聖女だとか」
「はい……」
「一部で噂になっている、追放された聖女だね」
「……!!」
マリサは驚いてオーエンを見た。
オーエンは穏やかに微笑んでいる。さすがはギルドマスターというところか。
町のすべての情報を握っているのだろう。
「はい……」
「で、君たちはマリサに何の用かな?」
オーエンがクインたちに目をやる。
ただそれだけで、緊張したようにクインが背筋を伸ばした。
「私たちはルーベント王国の兵士です。王命によって、マリサ様を連れ戻しに来ました」
「なるほど。それで何を揉めているのかな?」
「マリサはサニーサイドに残りたいと言っているのに、こいつらが無理矢理連れ戻そうとしているんだ」
サイラスの言葉にオーエンがうなずく。
「なるほど。ではマリサの意志を尊重し、きみたちには大人しくルーベント王国に帰ってもらうしかないね」
オーエンの言葉にクインが目を剥く。
「そんなことはできない! 絶対に連れて帰れとの命令だ!」
クインがキッとオーエンを睨む。
「ギルドマスターだか何だか知らないが、我が国のことに口出ししてもらいたくない!」
「は?」
オーエンの金色の目がきらりと光った。
「マリサ、きみはサニーサイドで住民登録をしているな?」
「は、はい!」
一瞬、鬼気迫る表情になったオーエンが、マリサに笑顔を向ける。
「つまり、マリサはサニーサイドの住民だ。そして、僕は住民を守る義務がある。マリサ、帰りたいか?」
「いいえ! 絶対に嫌です!」
「そうか。ではこれで話は終わりだな」
オーエンが軽く肩をすくめる。
「何を勝手なことを!!」
クインがテーブルを叩く。
「マリサ様は我が国の貴重な聖女だ!! 絶対に連れて帰る」
「そうだな。こちらとしても、聖女が住人にいてくれるとありがたい」
オーエンがからっと笑う。
「というわけで、今すぐ帰ってくれるか」
クインがぎりっと唇を噛みしめる。
「ルーベント王国を敵に回すおつもりか……!」
クインの脅し文句に、オーエンの金色の目がぎらりと物騒な光を放つ。
「きみたちこそ、十国を相手にするつもりか?」
「は?」
「モエディア、サナイ、アルメキア、キリク、トーノ――などなどきみたちの近隣国である大陸の十の国と我々は同盟を結んでいる」
「なっ……」
「ルーベント王国が弓引くというなら、十国を敵に回すことになるが大丈夫か?」
「そっ……そんな」
クインが絶望的な表情になる。
まさか最果ての町のギルドマスターごときが、大国たちと同盟を結んでいるとは夢にも思わなかったようだ。
「こんな重大な案件、兵士一人では決断できないだろう。一旦、国に持ち帰って王の指示を仰いでみては?」
オーエンがにこりと笑った。




