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第5話:剣を捧げた少女

(まいったな……)


 マリサを残して家を出たサイラスは、ふう、と息を吐いた。

 お茶に使えるかとハーブを摘みに野原に行ったら、オバケキノコに遭遇した。

 それ自体はさほど珍しくはない。


 好奇心の旺盛なオバケキノコは、よく門番の目をかいくぐっては、ダンジョンの外に出たがる。

 だが、逃げてきた少女が自分につまづいたうえ、全財産を川に落とすことになるとは思っていなかった。


(可哀想なことをした……)


 泣きじゃくっていたマリサの姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 まだ十代の少女がたった一人、最果ての町に来る――やむにやまれない事情があるのだろう。


(不安でいっぱいだったに違いない)


 頼れるのはお金だけ。だとしたら失ったときのショックは計り知れない。

 だから、自分が助けなくてはと思った。

 だが――。


「サイラス!」


 冒険者ギルドの前を通ると、馴染みの冒険者から声をかけられた。


「オバケキノコを退治したらしいな! ギルドが手当を出すってよ」

「そうか。ありがたい」


 サイラスはギルドの建物に入った。

 これから店を出すのだ。お金があるにこしたことはない。

 受付の前に立つと、顔見知りの受付嬢、リンダがにこりと微笑む。


「あら、サイラス」


 リンダは栗色の髪をしたスタイルのいい美人で、冒険者たちに人気があった。

 そんなリンダに微笑まれても、サイラスは特に何も思うことはなかった。

 仕事上の笑みにしては熱っぽさがあることも気づかない。

 リンダが少し残念そうな表情になる。


「オバケキノコを一頭退治したんですってね、五十ジェニーの報酬よ」

「助かる」


 一日分の食費程度だが、開店準備真っ最中のサイラスにはありがたい臨時収入だ。

 精算が終わると、急にリンダの表情がくだけて、カウンターに身を乗り出してきた。

 もともと、気さくな娘だ。


「ねえ、サイラス。お店を出すって噂だけど……」

「ああ。冒険者たちが一息つける場所を提供したくてな」

「私、冒険者じゃないけど行ってもいい?」

「もちろんだ。誰でも歓迎する」


 そう言いつつ、サイラスは少し戸惑った。

 イメージしていたのは、男性たちがくつろげる店だった。

 酒場のような賑やかな場所ではなく、落ち着いた雰囲気の店にしたかった。


(女性が好むような店になるだろうか?)

(全然イメージがわかないな……)

(そもそも、俺のようないかつい男がいる店に女性は来ないだろう、と思っていたが……)


「ところで、女の子を拾ったって本当?」

 リンダの緑色の目がきらりと光る。

 さすがギルト、情報が集まる最前線の場所だ。サイラスがマリサを家に連れ帰ったことはさっそく噂になっているらしい。

 とはいえ、隠すようなことでもない。


「ああ。俺のせいで財産を失ってしまってな。せめてもの詫びでウチに泊まってもらうことにした」

「ふーん」


 リンダは笑顔だが、目は笑っていなかった。


「一緒に暮らすの?」

「彼女の独立資金がたまるまで、俺が援助する」

「開店資金は大丈夫なの?」


 痛いところをつかれ、サイラスはぐっと詰まった。


「……りなければ、またダンジョンに入って稼ぐさ」


 リンダはまだ何か言いたげだったが、ため息をついただけだった。

 なぜか責められたような気分になり、サイラスは挨拶もそこそこに併設された酒場に行った。

 ちょうど居合わせた家具屋の店主に頼んでベッドの手配をし、酒場のウェイトレスに夜ご飯用のサンドイッチを包んでもらう。


「二人分頼む」

「今日はお腹が減ってるんですか?」

「いや……まあ、そんなところだ」


 大きな町とはいえ、人間関係は狭い。

 サイラスが女性と暮らし始めたことは、あっという間に知れ渡るだろう。

 今ここで説明する必要もない。

 サンドイッチが入った袋を抱え、サイラスはギルドを出た。


(ふう……)


 これまで自分のことだけを考えていたサイラスにとって、マリサが来てからはめまぐるしく時間が過ぎていく。


(俺のせいだからな、マリサの面倒は見る)


 そこまでは納得できる。


(だが、俺はなぜ……)


 初めて会っただけの少女に剣をささげてしまったのだろう。

 これまで剣を捧げたのは一度だけ。

 ゼルニア王国国王にだけだ。

 素性すじょうも知らぬ少女に剣を捧げるなど考えられない。


(でも、あの時なぜかそれが正しいと思った……)


 いくら考えても自分の行動がわからない。

 だが、いくつもの戦場をくぐり抜けてきたサイラスにとって、自分の勘は大事な道しるべだった。


(まあいいさ、もう俺は黒騎士ではない)

(誰に剣を捧げようとも、文句を言う相手もいない……)


 サイラスは包帯を巻いた手を見つめた。


(国を追放された、一介いっかいの冒険者なのだから)

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