第49話:交渉決裂
クインの熱っぽい言葉にも、マリサはまったく心を動かされなかった。
「なぜ私に戻ってほしいんですか? 誤解が解けたかもしれませんが、一度は追放された人間ですよ?」
クインが沈痛な表情になった。
「……穢れが浄化しきれない事態が続いているんです」
「でも、聖女はたくさんいるでしょう?」
「どうやら、国はマリサ様の力を過小評価していたようなのです……。一人くらい聖女がいなくなっても大丈夫だと。だが、そうではなかった!」
「なるほど……それで必死なんですね」
正直、自分が戻ったところで解決するとは思えない。
そんな際立った能力を持っているわけではない。
(なんで過大評価されているのかしら……)
ただ、国が焦るのもわかる。
浄化しきれない穢れは、様々な悪影響を及ぼす。
精神的にも肉体的にも人を蝕んでいくのだ。
わざわざ追放した聖女にまで声をかけにきたということは、藁にもすがる思いなのだろう。
「大変ですね」
自分でも思っていた以上に冷たい声がもれた。
(あれほど悪女だと罵って追放までしておいて――)
(利用価値があるから、戻ってこいなんて……)
マリサの心は冷え冷えとしていた。
「ですが、私はもうサニーサイドで新しい生活を始めています。ルーベント王国に戻るつもりはありません」
マリサがきっぱり言うと、クインが驚いたように目を見開いた。
「クイン、もういいだろう」
「ゾーイ!」
ゆらりとゾーイが立ち上がった。
「元から無理があったんだ。穏便に連れ戻そうなんて」
ゾーイが冷ややかな目をマリサに向ける。
「あんたは間違っていないよ。腹が立つよな。勝手に罵倒して罪を着せて出ていけ、っていった奴らが、やっぱり役に立ちそうだから戻ってこいなんてさ」
ゾーイがすらりと剣を抜く。
「だが、あんたの意志はどうだっていい。あんたを連れ戻せとの命令だ。俺はそれに従うだけだ」
サイラスが無言で立ち上がった。
「サイラスさん……」
「話し合いは決裂ということでいいか?」
サイラスも剣を抜いた。
その目にも仕草にも、全く迷いはない。
「俺もおまえたちの意志や義務などどうでもいい。マリサに無体を働いたツケを払わせたいだけだ」
マリサはごくっと唾を飲み込んだ。
(このままじゃ……殺し合いになってしまう!)
何か声をかけようとしたとき、ドアベルがチリン、と鳴った。
ハッと目を向けると、銀髪の男性がカフェに入ってくるのが見えた。




