第45話:聖女の力
サイラスに手を引かれ、広場に向かったマリサは目を見張った。
大勢の冒険者が集まっており、皆ボロボロになっている。
中には地面にへたり込んだり倒れている人もいる。
冒険者の一人がサイラスに声をかけてきた。
「ドラゴンが第二層まで来たのを確認した!」
「わかった!」
サイラスが足を止めてマリサを見る。
「下層で穢れが広がって、追われた魔物たちが上がってきている話はしたな?」
「はい!」
「とうとうドラゴンまで第二層に来てしまった。あれが地上に出たら大変なことになる」
「……っ!!」
「総力戦だ」
よく見ると、冒険者の中にダンジョンの門番までもいる。
全戦力でドラゴンに立ち向かおうとしているのだ。
サイラスがマリサの顔を覗き込んだ。
「マリサ、きみが何か事情を抱えていたことは気づいていた」
「……っ」
「後でちゃんと話を聞く。だから今は聖女の力を貸してくれ!」
「わかりました!」
マリサは感激に打ち震えていた。
(サイラスさん、怒っていない……)
(私が敵国の聖女とわかっても、いつもと変わらない目で見てくれている……)
それだけで力が漲ってくる。
「マリサは絶対に俺が守る」
「はい!」
サイラスが集まった冒険者たちを見回す。
「皆聞いてくれ! マリサは聖女だ! これから彼女に穢れを祓ってもらう!」
「えっ!」
「聖女!?」
冒険者たちがざわめく。
それも当然だろう。これまで穢れを祓える者がおらず、皆困っていたのだ。
「それまでの間、なんとか堪えてくれ!」
「おおっ!!」
冒険者たちがそれぞれ武器を抱えて手を上げる。
マリサが、聖女が来たことによって希望ができたのだ。
「マリサを第二層に連れていく!」
冒険者たちがマリサとサイラスを中心に集まり、奥へと向かっていく。
(ドキドキする……)
初めての第二層だ。人が支配する第一層と違い、魔物が普通にいる場所だ。
だが、隣にはサイラスがいる。
(だから、足を進められる……)
「穢れだ!」
先頭にいた冒険者が声を上げる。
階段付近に穢れの黒いもやが見える。
マリサはすうっと息を軽く吸った。
(久しぶりの浄化。でも、きっとやってみせる!)
マリサは手に霊力を集めた。
(祓い浄めたまえ!)
溜めた霊力を黒いもやに向かって放つ。
「おおっ!」
一瞬にして穢れが消え、冒険者たちから歓声が上がった。
「マリサ、すごいな! 本当に聖女なんだな!」
サイラスに誉められ、マリサは頬を赤らめた。
(こんなに聖女であることを誇らしく思ったことはないわ……)
階段付近の穢れをすべて祓うと、マリサたちは階段を降りた。
「えっ……」
第二層は静謐な廃墟が広がっていた。
植物に覆われた床、柱、建物がうち捨てられている。
思いのほか明るいのは遙か上にある穴から光が差しているからだろう。
(もっと恐ろしい場所だと思っていたわ)
「マリサ! この穢れを浄化できるか?」
奥の方からまるで生き物のようにうねりながら黒い穢れが広がっていく。
(広範囲だけど薄い……! これならやれるわ)
マリサが一瞬にして穢れの霧を祓うと、歓声が上がった。
「すごいな、マリサ! こんなにあっさりと……」
サイラスの感嘆の声に、マリサは頬を染めた。
「国では毎日やっていましたから……」
女神像に集まった国中の穢れは濃く、なかなか浄化できなかった。
それに比べれば、発生して間もない霧のような穢れは容易く浄化できた。
「これで奥に進めるな!」
「気をつけろ! ドラゴンは第二層で目撃されているんだ!」
冒険者たちがじりっと慎重に足を進める。
「……?」
がさり、と生い茂った木の上部が揺れた。
「あ――」
黒いもや――穢れがふわりと空中に舞った。
そして、その奥から巨大な爬虫類めいた黒い顔が覗く。
大きな口の隙間から、ずらりと並んだ鋭い牙が見えた。
「ドラゴンだ!!」
冒険者たちが悲鳴のような声を上げる。
(これがドラゴン!!)
ドラゴンがゆっくり木の陰から姿を現した。
漆黒の鱗に覆われた姿が露わになっていく。
二階建ての家よりはるかに高いところに頭部がある。
小山のような――とはよく言われる喩えだが、その質量は間近で見ると圧倒された。
立ちすくんだマリサだったが、すぐに異常に気づいた。
「あれは――穢れ?」
ドラゴンが一歩進むごとに、黒いもやがその周囲に舞う。
「黒いドラゴンじゃない……穢れを纏っているの!?」
マリサは呆然とドラゴンを見上げた。
「嘘でしょ……」




