第43話:ダンジョンへ
逃げる先――マリサには一つしか思い浮かばなかった。
(サイラスさん!!)
マリサはダンジョンに向かって走った。
ダンジョンより、冒険者ギルドの方が距離は近い。
だが、果たしてギルドがマリサを助けてくれるかわからなかった。
ならず者に追われているわけではない。
相手は王命を受けた、ルーベント王国の兵士たちなのだ。
(最悪、揉め事を嫌って引き渡されるかもしれない!)
マリサはギルドの前を素通りし、大通りを駆け抜けた。
今や、マリサには知り合いがたくさんいる。
だが、頼れるのはサイラスだけだ。
(あの二人は精鋭の中の精鋭。普通の人では助けたくとも守れない……)
(一般の人を巻き込むわけにはいかない)
マリサを助けられるのは、心情的にも実力的にもサイラス以外いなかった。
(サイラスさんなら、きっと……!)
自分の秘密を明かしていないことを思い出し、胸がズキッと痛んだ。
こんな形で自分が聖女だと知られるのは本意ではない。
(ずっと隠していた罰ね)
(もしかしたら……愛想を尽かされるかもしれないけど)
(でも、とにかくサイラスさんの元へ!)
マリサはダンジョンの中へと飛び込んだ。
あまりに急いでいたマリサは、ギルドの門番がいなかったことに気づかなかった。
ダンジョンの奥へと向かうと、広場に大勢の人たちが集まっているのが見えた。
(何? 何が起こっているの!?)
マリサの目に、サイラスが映った。
どんなに人がいても、サイラスだけはすぐに見つけられる。
(サイラスさんが第一層にいる!! 休憩中なの?)
(でも、とにかくよかった!)
マリサはホッとした。
「サイラスさ――」
叫ぼうとしたマリサの口が背後から塞がれた。
「……んっ!」
「マリサ様!」
耳元でクインの声がする。
追いつかれたのだ。
すぐさま片方の腕でがっちりと押さえ込まれる。
「やめて! 放して!!」
マリサは逃れようと必死で暴れた。
目潰し弾のせいで目を真っ赤にしたクインが、ぎっとマリサを睨む。
「王命なのです! とにかく、いったん国に戻って――」
「いや!」
マリサは思い切りクインの手を噛んだ。
「つっ!!」
手が緩んだ瞬間、腹の底から声を張り上げた。
「サイラスさん!! 助けて!!」
「このっ……!」
マリサは一瞬自由になったものの、あっという間に男の腕に絡め取られた。
ゾーイの太い腕がマリサの喉に巻き付けられる。
「……っ!」
容赦のない力に呼吸が止まり、マリサはうめいた。
「何をしている」
地の底を這うような低い声がした。
涙でぼやけた視界に、サイラスが映る。
(サイラスさん……)
すらり、とサイラスが剣を抜いた。
「マリサを放せ!!」
いきなり斬りかかったサイラスの剣を、前に飛び出したクインがなんとか受け止める。
「ゾーイ!! マリサ様を連れていけ!!」
「……っ!!」
抵抗も空しく、マリサは軽々とゾーイに抱きかかえられた。
「サイラスさんっ……!」
一瞬にして、クインが吹き飛ぶのが見えた。
マリサたちの足元をクインがなすすべもなく転がっていく。
黒い嵐のようなサイラスが、突進してくる。
吹き付ける怒気に、マリサは圧倒された。
「くっ……!」
殺気を感じたゾーイが、マリサを手放し剣を抜いた。
その頭部にサイラスの剣が振り下ろされる。
渾身の一撃を、ゾーイが間一髪で剣で防いだ。
ガキィンッと鈍い音がダンジョンに響く。
「うぐっ!」
体格のいいゾーイだったが、たまらずたたらを踏み、体勢を崩す。
「サイラスさんっ……」
マリサは転がるようにしてサイラスの方へと向かった。
「マリサ!!」
サイラスの手がマリサの腕をつかんだ。
力強く胸元に引き寄せられ、マリサは安堵のため息をもらした。
サイラスが体温を感じられるほど近くにいる。
これほど安心できる場所はなかった。
「サイラスさん、助けて……っ」
「当たり前だ」
これほど怒りに満ちたサイラスを見たことがなかった。
まなじりはつり上がり、剣を握る腕は二倍にも膨れ上がっているように見える。
だが、マリサはまったく恐ろしくなかった。
(私、この人を心の底から信頼している……)
婚約者、友人、家族から見捨てられ、人間不信になっていたマリサにとって、サイラスは素直に甘えられるただ一人の人となっていた。
(私、この人が好きなんだ……)
(彼のそばにいたい……!)
そう強く思えば思うほど、秘密が重くのしかかってきた。




