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第40話:迷いと決意

「昔から、土地を巡って争った経緯があって……。統合されてトーノ国になって表立って揉めることはなくなりましたが、交流は最低限という……」


 スズランがため息をつく。


「互いの部族同士で婚姻など考えられないくらいの忌避感があって……。私もまったく接することなく来たんですが……」


「サニーサイドで出会ってしまったのね」

「ええ。彼から出自(しゅつじ)を聞いた時は耳を疑いました」


 スズランが寂しそうに微笑む。


「でも、ふたりとも故郷を出ているんだったら……」

「それが、家出した私と違って彼は出稼ぎに来てるんです」

「じゃあ、また故郷に戻ってしまうの?」

「はい。来月に……」


 スズランがつらそうな表情になる。


「私は故郷と折り合いが悪く、しきたりに縛られるのが嫌で飛び出してきたので、彼がどこの部族の人間でも構わないんですが……」

「彼の方は気にするかも?」

「家族仲もいいようですし……。それに私はトーノ国に戻る気がないので……」


 どうやら、スズランは一生故郷に戻らないという決意で家を出たらしい。


(経緯はともかく、立場は私に似ているわ……)


 マリサも二度と故郷の土を踏むことはないだろう。


(違うのは、サイラスさんがサニーサイドで生きていくと決めていることだけど)


 そう思ってマリサはハッとした。


(やだ、私ったら……。別にサイラスさんと恋人ってわけじゃないのに)


 マリサは顔が赤らむのを感じた。


(でも、サイラスさんが故郷に帰ることになったらつらすぎる……)


 自分ならどうするだろう。

 元とはいえ敵国についていって暮らすのは考えられない。


(一人でここに残るしかないわ……)

(サイラスさんに一緒に残ってなんて言えない)


 悩んでしまったマリサだったが、またもやハッとした。


(いえ、だから私は別にサイラスさんと結婚するわけじゃないのに!)


 真っ赤になっているマリサに気づかず、スズランがため息をついた。


「私は……彼とここで暮らしていきたいんですが……」

「そう伝えてみては?」

「そうしたいですけど……」


 スズランの目からぽろりと涙がこぼれた。


「ずっと出自を隠していたし、今更話したら嫌われるかもしれない……」

「で、でも、スズランさんは恋人さんとずっと一緒にいたいんでしょう?」


 スズランが涙を拭いながら、こくんとうなずく。


「だったら、話すしかないのでは?」

「……ですよね」


 スズランが苦い笑みを浮かべる。


「でも、勇気が出なくて」


 スズランもわかっているのだ。自分がすべきことを。


「ちょっと待っててくださいね」


 マリサはカウンターの中に入ると、新しくカップを出した。

 ドリップしたコーヒーを(そそ)ぎ、クッキーを小皿に載せるとスズランの元へといく。


「どうぞ、勇気が出るお茶セットです」


 マリサはスズランの向かいに座った。


「こちら、サービスです。私もご相伴(しょうばん)にあずかりますね」


 マリサが笑顔を向けると、スズランが戸惑ったように目の前の湯気の揺らめくカップを見つめる。


「こちら深煎りのコーヒーとジンジャークッキーになります」


 カップを手に取ると、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。


「コクのあるコーヒーと、ピリッとした刺激のクッキーがあなたに勇気をくれますように」


(そして、私にも……)


 スズランがコーヒーを口にし、クッキーをかじった。


「わあ、美味しい……」


 スズランがふっと微笑んだ。


「私の部族は、昔出陣前に勝機を祈る縁起のいい食事を取ったらしいんです。きっとこれがそうですね」


 食べ終わるとスズランが立ち上がった。


「彼に話してきます」


 その顔はすっきりと晴れやかだった。


「どんな結果でも受け入れます。ありがとう……」


 スズランを見送り、マリサはふう、と息を吐いた。


(私も……やっぱりサイラスさんに話そう)

(ルーベント王国の出身で、追放された聖女だってこと……)


 想像するだけで怖い。

 だが、サイラスを信じたい気持ちがあった。


(きっとこんなことで気持ちが離れたりしないって信じたい)


 マリサはドキドキしながら夜を待った。

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