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第39話:一人でカフェ

 翌日、まだ心配するサイラスをダンジョンに送り出し、マリサは午後から店を開けた。

 短縮営業の札をドアノブにつけておく。


 フロアを見回したマリサは自分がいつもより緊張していることに気づいた。


(なんだか背中がすうすうする……)


 いつも、見なくても、背後にサイラスがいてくれた。

 今更ながら、自分がいかにサイラスを頼りにしていたか実感する。


 サイラスがいれば何も怖くなかった。

 彼なら何が起こっても、きっと何とかしてくれると信じている。


(ずいぶん、甘えてしまっていたのね……)


 苦い笑いが浮かぶ。

 誰にも頼らず一人でなんでもやるつもりでサニーサイドに来た。


 だが、あまりに楽観的だと思い知ることばかりだった。

 サイラスが何でも教えてくれ、あちこち連れていってくれ――ようやく今ここに立っている。


(ダメよ。サイラスさんといつまでも一緒にいられるわけじゃないのに)

(いつか、ちゃんと自立して――)


 チリン、というベルの音にマリサはハッとした。


「いらっしゃいませー!」


 ドアが開くと、反射的に声が出るようになっている。

 恐る恐る店内に入ってきた黒髪の若い女性に、マリサは笑顔を向けた。


「お一人様ですか?」

「え、ええ」

「そうですか。では窓際(まどぎわ)のお席へどうぞ」


 メニューを渡すと、黒髪の女性は困惑したように見つめる。


「あの、よくわからなくて。その、気持ちが落ち着くような飲み物ってありますか?」

「はい! それでしたら、ラベンダーとカモミールのハーブティーはどうでしょう? どちらもリラックス作用があります」


 女性の顔がパッと明るくなった。


「じゃあ、それにします!」

「すぐお作りしますね」


 マリサはカウンターの中に入った。

 (さいわ)い、続いて客が入ってくるようなことはなかった。

 マリサは丁寧にハーブティーをいれて持っていく。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 女性がハーブティーに口をつける。


美味(おい)しい……」


 女性がカップをソーサーに置こうとして、ガシャンと倒してしまった。


「あっ!」

「大丈夫ですよ! すぐ片付けますから」


 彼女の指がかすかに震えていることにマリサは気づいた。


「あの、体調でも……?」


 だが、彼女の顔は青ざめていて今にも倒れそうだ。


「いえ、そういうわけではなく……」


 黒髪の女性が深々とため息をつく。


「ちょっと悩んでいることがあって……」


 マリサは手早くテーブルの上を片付けると、ちらっと窓から外を見た。

 しばらく客は来そうにない。


「私でよければお話(うかが)いますよ?」


 役に立てるかはわからないが、話を聞くくらいはできる。

 黒髪の女性がちらっとマリサを見上げる。


「……あの、あなたは秘密ってあります?」


 マリサはぎょっとした。

 秘密を抱える葛藤(かっとう)に悩んでいたところなのだ。


 黒髪の女性がため息をつく。


「私、親しい人にずっと隠し事をしていて、つらくなって……でも怖くて言えなくて」

「わ、わかります」


 今まさに自分が(いだ)いている気持ちを言葉にされた気分だ。


「罪悪感がありますよね……」

「そうなんです!」


 思ったより大きい声になってしまったようで、黒髪の女性は慌てて口を手で押さえた。


「すいません……」

「いえ、大丈夫ですよ。今は私たちしかいませんから」


 マリサが向かいの席に座ると、女性は観念したように口を開いた。


「恋人がいるんです。すごく優しくて私にはもったいないような人で……」

「その方に秘密にしていることがあるんですか?」

「ええ」


 マリサは安心させるように微笑んだ。


「私、マリサって言います。ここに来てまだ()もないですが、こうしてカフェで働いています」

「私はスズランと言います。サニーサイドに来て半年で、洋裁店でお針子(はりこ)をしています」


 自己紹介を終え、ふたりはふっと微笑み合った。


「差し(つか)えなければ、どんな秘密か伺ってもいいですか?」


 秘密にもいろんな種類がある。

 それこそ、墓場まで持っていった方がいい秘密もあるだろう。


 だが、秘密にすることによって互いの関係が壊れるのであれば、勇気をもって話すほうがいい時もある。


「トーノ国ってご存知ですか?」

「え、ええ!」


 マリサは驚いた。

 トーノ国とは大陸の北部の奥地にある小国だ。


 もとは少数民族が個々で生活していたが、大国に対抗するために集まったという()り立ちがある。

 もともと他国とあまり交流がなく、独自の文化や習慣、信仰を持つ国だ。


 そんな国をなぜマリサが知っているかというと、女学校で習ったおかげだ。

 聖女と同じく、穢れを(はら)う力がある女性がいる国の一つがトーノ国だ。


「も、もしかして巫女ですか?」

「えっ……すごい、よくご存知ですね、トーノのことを。はい、一応穢れを祓うことができます……」


 マリサはまじまじとスズランを見つめた。


(他国の巫女……! 初めて見るわ)


 マリサの視線を感じたのか、スズランがうつむいてしまった。


「あ、でも私の力なんて大したことなくて……」

「いえ、そんなことは……。あの、もしかして巫女だということを秘密にしているんですか?」

「いえ、違います。それ以前の問題で……」


 スズランが目を伏せる。


「サニーサイドで出会って恋仲になった人が、同じトーノ国出身だと知ってしまって……」

「えっ、すごい偶然ですね!」


 ありとあらゆる国の人間が集まるサニーサイドだが、それだけになかなか同じ国出身の人とは会えない。


(私はギルドの酒場のヒースくらいだわ……)


「それが……仲が悪い部族の人だったんです」

「えっ」


 マリサはドキッとした。


(まるで私とサイラスさんみたい……)


 サイラスは知らないが、マリサは敵国の出身なのだ。

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