第37話:噂話
広場に着くと、マリサはテーブルにお弁当を広げた。
冒険者たちがわっと歓声を上げてお弁当を手にする。
「マリサは?」
「私も休憩をいただきました」
マリサもお弁当を開ける。
サイラスの無事な姿を見て安心したのか、途端に空腹に気づく。
「チキンのラップサンドか……。おっ、こっちはアボカドと魚のフライ!」
サイラスがカフェで出す軽食のことを考えているのは明白だった。
(こんな時でも、やっぱりカフェが気になるのね)
マリサは微笑ましく思いながら、サンドイッチを頬張った。
「食後のコーヒーもありますので、飲んでくださいね」
マリサは籠バッグからコーヒーの入ったポットを出す。
「デザートのお菓子は店長からのサービスです」
「さすがゴッシュ!」
「やっぱり出前を取るなら、ゆうやみ亭に限るな!」
冒険者たちが口々に喜びの声を上げる。
マリサはそっとサイラスを窺った。
「どうでした? 討伐のほうは……」
「ああ、だいぶ下に追いやれた。だが……」
「なんですか?」
サイラスの表情に、マリサは不安になった。
「正直、キリがない。追いやってもまた戻ってくるんだ」
「穢れが原因じゃないか、って言ってるんだ」
サイラスの近くに座っている冒険者が口を挟んできた。
頭にバンダナを巻いた若い青年だ。
「ダンジョンで穢れが広く発生していてね」
「えっ……」
サイラスが小さくため息をつく。
「俺たちではどうすることもできないからな。今、ギルドに掛け合っているところだ」
「掛け合うって……」
「穢れを祓える聖女や巫女たちを派遣してもらえないか、って頼んでいるんだ」
聖女、という言葉に、マリサはドキッとした。
まさに自分がその聖女だ。
(私なら……祓えるかしら)
年かさの冒険者の一人が肩をすくめる。
「聖女の派遣は無理だろう。ルーベント王国は絶対手放さないだろうし」
「そういえば、ルーベント王国の聖女が追放されたらしいな」
マリサはびくりとしてサンドイッチを落としそうになった。
「聖女が追放? そりゃあよっぽどだな。何をやらかしたんだ?」
冒険者たちが興味津々で話し出す。
「なんでも男をたぶらかして、敵国と通じたらしいぞ」
「どこが聖女だよ! 悪女だな!」
冒険者たちがドッと笑う。
マリサはうつむいた。
(最果ての国までそんな噂が……)
(どうしよう、名前まで広まっていたら……)
手が小さく震えるのを止められない。
「どうした、マリサ」
サイラスに声をかけられ、マリサは慌てて顔を上げた。
「なんでもないです」
なんとか引きつった笑みを浮かべるが、うまくいっているか自信がない。
(追放された聖女って、絶対にバレたくない……)
(石を投げられるわ……)
誤解だといくら言っても信じてもらえないだろう。
祖国から追放されたのだから。
婚約者や家族ですら信じてくれなかったのだ。
「具合が悪そうだな、マリサ」
「えっ」
気づくと、サイラスが心配そうに見つめていた。
「顔色が悪い。どうした。何か悩みでもあるのか……?」
言ってしまいたい。
自分は追放された聖女だと。冤罪だったと。
でも、彼はどう思うだろう。
今までずっと黙っていた不実さを責められるかもしれない。
いや、呆れられ見捨てられる可能性もある。
「なんでもないです」
マリサはそう言うしかなかった。




