第36話:魔物討伐依頼
翌日、カフェで軽食を出す計画は延期になってしまった。
サイラスに冒険者ギルドから緊急依頼が来たのだ。
「第二層にたくさんの魔物が上がってきているので、至急討伐をしてほしいとのことだ」
朝食の席で、サイラスから依頼内容を伝えられる。
「どうやら最下層にいると言われているドラゴンが上がってきていて、魔物たちが追われているらしい」
「ドラゴン……!?」
お伽噺でしか聞いたことがない、巨大な竜だ。
「そんなものがダンジョンにいるんですか?」
「ああ。一度アランたちと第四層まで降りたことがあるんだが、その時に遠目で確認した」
「……っ!」
マリサは思わず立ち上がった。
「危険すぎます! そんな……っ!」
サイラスが強いのは知っている。だが、彼は騎士だ。
山のような大きい魔物など、どうやって倒せるというのだろう。
「落ち着け、マリサ」
サイラスがコーヒーを口にする。
「ドラゴンと戦うと決まったわけではない。ただ、第二層の魔物たちを討伐したり、下層に追い返すだけだ」
「でも……っ!」
言い募るマリサに、サイラスが微笑みかける。
「何も決死隊というわけではない。第二層に強固な結界を張るまでの間、魔物たちを食い止めるだけだ」
「そうですか……」
マリサは少しホッとした。
「それですまないが、数日カフェを休業することにする。ちょうど働きづめだったから、マリサはゆっくり休んでくれ」
「いえ! 私、ゆうやみ亭にバイトに行きます!」
資金稼ぎだけが理由ではない。
できるだけサイラスのそばにいたかった。
(私に何ができるわけじゃないけれど……)
それでも、ダンジョン内の酒場にいれば、情報は入るはずだ。
(蚊帳の外にいるのだけは嫌……!)
「そうか。だが、あまり無理はするな」
「大丈夫です! だから、一緒に帰りましょう!」
マリサの言葉に、サイラスが目を丸くする。
「そうだな……。そうしよう。討伐が終わったら、ゆうやみ亭に迎えにいくよ」
「はい!」
マリサはようやく微笑むことができた。
*
久しぶりのゆうやみ亭だったが、ゴッシュが温かく迎えてくれた。
「サイラスが討伐隊か……」
「そうなんです……」
「腕に覚えがある冒険者たちを集めているから、引き際も心得ているだろう。そんなに心配することはねえよ」
ずいぶん暗い顔をしていたらしい。
ゴッシュの慰めが心に染みる。
マリサは黒いエプロンを着けると、気持ちを切り替えた。
(仕事なんだから、ちゃんとしなきゃ!)
鬱々した店員など、ゆうやみ亭にふさわしくない。
「いらっしゃいませ!」
マリサはことさら大きい声を出し、てきぱき動いた。
ゆうやみ亭はいつもながら混み合っており、フロアで忙しくしているとあっという間に昼休みの時間になった。
「マリサ!」
ゴッシュが厨房から手招きする。
「出前に行ってくれ」
「はい!」
「もうすぐサイラスたちが第一層に上がってくる。一緒に昼飯を食うといい」
そう言うと、ゴッシュがマリサの分の昼食も包んでくれた。
「ありがとうございます!」
ゴッシュの心遣いに感謝し、マリサは出前のお弁当を手に店を出た。
第二層に繋がる階段の前には、ギルドの警備員たちが緊張した面持ちで立っていた。
(やっぱり、警戒してるのね……)
普段は警備員などいない。
周囲にいる冒険者たちもピリピリしているのが伝わってくる。
(サイラスさん……)
しばらくすると、冒険者の団体が上がってきた。
「あっ……」
見覚えのある黒髪を見つけ、マリサは駆け寄った。
「お疲れさまです!」
「マリサ!」
サイラスが少し驚いたように目を見張る。
若干の疲れは見えたが、怪我はなさそうでマリサはホッとした。
「出前に来ました!」
「おっ、ありがたい」
サイラスの隣にいた冒険者の男性が顔をほころばせる。
「もう腹がぺこぺこだ」
「じゃあ、広場に行くか」
討伐隊が広場のテーブルに向かう。
「ずいぶん可愛い店員さんだな」
「サイラスの知り合い?」
討伐隊の面々から興味深そうに見られ、マリサは思わずサイラスの陰に隠れた。
「俺の同居人でカフェを一緒にやっているマリサだ」
「どうもよろしくお願いします……」
サイラスに紹介され、マリサはおずおずと頭を下げた。
「えっ! 同居人って……」
「サイラス、羨ましい奴め……」
仲間に小突かれるサイラスに、マリサは思わずふきだしてしまった。
(すごく仲が良さそう……)
思っていた深刻さは見られず、明るい雰囲気の討伐隊にマリサはホッとした。




