第35話:もう一つの事情
カフェがオープンして二週間がたった。
なかなかの賑わいで、アランを初めとするリピート客もできた。
「だいぶ慣れてきましたね」
マリサは閉店の片付けをしているサイラスに微笑みかけた。
「そうだな。そろそろ、新メニューを考えるか」
サイラスが心なしウキウキしているのが微笑ましい。
相変わらず女性客が多いが、それでも冒険者の姿もちらほら増えてきたのだ。
「やはり食事メニューを出したい!」
サイラスの言葉にマリサはうなずいた。
「いいですね。二種類くらいほしいですね」
「そうだな! 選べるほうがいい!」
「定番なのはサンドイッチですけど……」
「もう一つはボリュームがあるものがいいな。肉とか」
「肉ですか……作り置きが難しそうですね」
「やはり手が回らないか……」
サイラスがしょんぼりと声を落とす。
彼の気持ちもわかる。お腹を空かせて帰ってきた冒険者に食事を出したいのだろう。
「ホットドッグはどうでしょう? 中のソーセージをボリュームのあるものにして、豪快な感じの」
「なるほど……悪くないな」
「どちらも具材をパンに挟むだけなので手早くできますし、個数限定にすれば食品のロスも出づらいと思います」
「残ったら、俺が食べるよ」
「まずは限定五食ぐらいにして様子を見ましょう。ニーズがあれば増やしていけばいいと思います」
「うむ……。マリサは慎重だな。俺はつい浮かれてしまっていかんな」
サイラスが頭をかく。
「あ、あのサイラスさん……」
メニューの相談が終わると、マリサはおずおずと声をかけた。
「手の甲の穢れの刻印が消えたら……祖国に戻られるんですか?」
サイラスが驚いたように青い目を見開く。
「そうか……確かに気になるよな、このカフェがどうなるか、とか……」
サイラスがフッと笑う。
「案ずるな、マリサ。俺はサニーサイドで暮らしていくつもりだから」
「本当ですか!?」
マリサは思わず声を上げてしまった。
「でも、祖国に帰りたいのでは……」
「いや、それがな」
サイラスが頭をかく。
「エヴァは俺が追放されたのは、手のアザのことだけだと思っているが……それだけではないんだ」
「えっ……」
サイラスが少し躊躇ったのちに、口を開く。
「……上層部からの命令に従わなかったので、俺は煙たがられていたんだ」
「命令って……」
「ここだけの話にしてほしいんだが」
サイラスが声をひそめる。
「敵国の聖女をさらえ、と言われたのだ」
「えっ……」
(敵国って……ルーベント王国の……)
胸がドキドキしてくる。
サイラスが黒騎士だったとき、自分はルーベント王国の聖女だった。
つまり、サイラスの標的だった可能性が高い。
祖国を追放されてもなお、聖女という言葉が自分につきまとう。
(なんだか因縁を感じるわ……)
「確かに穢れを浄化できる能力持ちが必要なのはわかるが、敵国に潜入してさらうなど、騎士のすることではない」
サイラスの顔に静かな怒りが浮かんだ。
「結局、聖女誘拐計画は立ち消えになったが、俺と上層部の間には溝ができた。疎ましく思われていたのだろう。アザがきっかけとなり、あっさり追放となったわけだ」
「そうなんですか……」
誘拐計画が中止と聞いて、マリサはホッとした。
追放されたとはいえ、故郷の仲間たちが狙われていると思うと心配でいてもたってもいられなかっただろう。
(もちろん、聖女は基本的に王宮にいるから、簡単にさらったりなどできないとは思うけれど……)
(よかった、計画が中止になって……)
もし、サイラスが命令に従うことがあれば、マリサがさらわれていたかもしれない。
(今とは全然違う立場で出会っていたのかも……)
そう思うと、不思議な縁を感じずにいられなかった。




