第34話:マリサの行方
だが、疑いは深まった。
ナディアが消えてしまったのだ。
「いないとはどういうことだ!」
使いをやった兵士に、ロイドは思わず声を荒げた。
「それが――ナディアは実家に帰っていなかったようなのです。親族の訃報も嘘だったようで……」
「なんだと……!」
このタイミングでのナディアの失踪。
疑惑がどんどん膨らんでいく。
「すぐに探せ!」
「はっ!」
兵士が下がると、ロイドはテーブルの上にある物を思い切り払いのけた。
ペンやグラスが音を立てて床に散らばる。
苛立ちが増していく。
(ナディア……! どういうことだ!)
明らかに故意の失踪だ。
穢れが落とせず、旗色が悪くなったとみるや逃亡したように見える。
(思い出せ、思い出せ。ナディアはなんと言っていた?)
目を潤ませ、肩を震わせ、大事な幼なじみの隠し事について話したいと言ってきた。
――どうやら貴族の方と会っていたようなのです。
――それだけでなく、ゼルニア王国軍の要職についている人たちとも。
――まさかと思っていたのですが、国家転覆を狙っているのではないかと不安で。
笑い飛ばしたいような荒唐無稽な話だった。
だが、いずれも王家が不安に思っていることばかりだった。
王家に刃向かおうとしている貴族。
領土を狙うゼルニア王国。
念のため探りを入れると、確かに『マリサ』と名乗る金髪の美貌の女性が暗躍していた。
(だが――)
そう、ナディアも金髪の美人だ。
マリサとタイプは違うが、女学校を出たらそのまま王宮に入る聖女の姿をよく知るものは少ない。
たとえば、髪型と化粧を変え、『マリサ』と名乗れば、ナディアと見破るのは近しい関係の者しか無理だろう。
(まさか、まさかナディアがマリサの振りをして――)
だが、そう考えると辻褄が合う。
「ああ――」
ロイドはうめくと、顔を手で覆った。
マリサの必死な表情が浮かぶ。
(あれほど「誤解です!」と言っていたのに……)
(俺は信じられなかった……)
安易に追放してしまった自分の愚かさが腹立たしい。
裏切られたという怒りで目がくらんでしまった。
ロイドは顔を上げた。
(もう一度、マリサから話を聞きたい)
(もし誤解ならば、戻ってきてほしい)
生粋の箱入り娘だったマリサが、今どうしているかと思うだけで胸が張り裂けそうだ。
(きっと困っているだろう……)
(今どこに……)
ロイドはすぐさまマリサの実家へと使いを出した。
*
「わからないだと!?」
ロイドは信じられない思いで、使いからの報告を聞いた。
「実家であるレーデンランド家は激怒して、マリサ様を追い出したそうで……その後のことは一切知らないとのことです」
「そんな……!」
だが、あの時のマリサを取り巻く境遇では、そうなってもおかしくない。
国家反逆罪で死罪も有り得たし、その咎は実家にも及んだだろう。
「では、マリサの行方は……」
「親族や友人にも尋ねましたが、音信不通でわからないとのことです」
「……足取りを追え」
ロイドは静かに後悔を噛みしめた。
「どんな手を使ってもいい。マリサを見つけろ」
「は、はいっ!」
ロイドの表情があまりに険しかったせいか、使いの者は転がるようにして部屋を出て行った。
「くそっ……」
ナディアに続いて、マリサまで行方不明だ。
すべて自分のせいとはいえ、ロイドはがっくりと肩を落とした。
(会いたい……マリサに)
控え目な笑顔を浮かべ、そばにいてくれたマリサを思い出す。
(なぜ俺はマリサを手放すなんて……)
しかも、今やマリサの存在は単なる個人の思惑だけでは図れない。
(穢れをなんとかしないと……)
現状、マリサが抜けた穴を埋められていない。
しかも貴重な聖女であるナディアまでいなくなってしまった。
(ナディア……あの女も早く捕まえないと。いったいどんな策謀を巡らせているかわからない)
ロイドは一刻も早く、二人の聖女を見つけるべく命令を出した。




