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第31話:トラウマ

「マリサ!」


 膝から崩れ落ちそうになった時、サイラスの声が響いた。

 野次馬たちを押しのけるようにして、サイラスがやってくる。


「サイラスさんっ……!」


 マリサは男の手を振りほどき、サイラスの胸に飛び込んだ。


「どうしたんだ、マリサ!」


 震えて泣くことしかできないマリサに代わり、男が意気揚々と叫んだ。


「この女が、俺の財布を盗んだんだ!」


 男がマリサに手を延ばす。

 だが、その手がマリサに届くことはなかった。

 サイラスががしっと男の手をつかんでいた。


「マリサはそんなことをしない」


 周囲が震え上がるような低い声だった。

 野次馬たちが一瞬にして静まり返る。

 男も怯えた表情になりつつも、マリサを指差した。


「でも、確かにその女のバッグから俺の財布が――」

「ずいぶん、長いそでだな。しかも袖口がゆったりしている」


 サイラスが男の手首を握りながら、冷ややかに見つめる。


「これなら、袖に隠し持っていた財布を滑り出して、さも盗られたように見せかけられるな?」


(あ――)


 マリサはハッとした。

 あの男はマリサのバッグを開けはしたが、大きな袖のせいでバッグの中から取りだしたのかどうかまでは見えなかった。


(そういう手口てぐちなの……!?)


 盗まれたふりをして言いがかりをつけ、お金を巻き上げる――そんなやからだったようだ。


「い、言いがかりはやめろ」


 男の声が弱々しくなる。どうやら図星ずぼしだったらしい。


「それはこちらのセリフだ」


 サイラスが冷ややかに男を見つめる。


「水掛け論だな。じゃあ、剣でケリをつけるか」


 サイラスの言葉に、男の顔を引きつる。


「な、何を――」


 サイラスがニヤッと笑いながら背中から剣を引き抜いた。

 野次馬たちにざわめきが広がる。


「知らないのか? サニーサイドでは、揉め事は当事者同士の決闘でケリをつける習わしだ」

「そんな――」


 男がみるみる青ざめる。サイラスが本気だと悟ったようだ。


「サニーサイドには警察も裁判所もないからな」

「も、もういい! 財布は見つかったし!」


 泡を食った男が慌てて逃げていく。

 その瞬間、わっと歓声がわいた。


「いいぞー、サイラス!」

「あんな詐欺師、斬ってやったらよかったのに!」


 背中に剣を戻したサイラスに、周囲から声が上がる。

 どうやら野次馬の中に、サイラスの知人が混じっていたらしい。


「大丈夫か、マリサ」


 サイラスの胸にすがりついていたマリサはハッとした。


「は、はい! サイラスさん、ありがとうございます」

「いや、一人にして悪かった。港は素性すじょうの悪い奴も混ざっているのに……」


 サイラスがそっとマリサの肩を抱き、その場を連れ出してくれる。

 周囲の視線を感じたが、もうマリサは恐ろしくなかった。

 絶対的な味方がそばにいる安堵感に包まれていた。


「……サイラスさんは信じてくれるんですね、私のこと」

「当たり前だろう?」


 サイラスがふっと微笑む。


「マリサを知っている奴は誰も疑わないさ」


 当たり前のように言うサイラスの姿がにじんでぼやける。

 マリサはまた泣いていることに気づいた。

 だが、今度の涙は先程とは違う。うれし涙だ。


(無条件で私のことを信じてくれる人がいるなんて……)

(私、本当にサニーサイドに来てよかった……)


「大丈夫か、マリサ?」


 静かに泣くマリサに、サイラスが心配げに顔を覗き込んでくる。


「はい」

「もう一人にしないから、安心しろ。そうだ、美味い店があると話していただろう? 行ってみないか?」


 サイラスの言葉にうなずき、マリサは店に向かった。


         *


「えっ、あれ、嘘だったんですか?」


 運ばれてきたパエリアを食べながら、マリサは目を丸くした。


「ああ。剣で決着なんて、そんな野蛮なことはしないよ」


 サイラスが笑いながら言う。

 以前と比べ、サイラスはよく笑顔を見せるようになっていた。


「確かにサニーサイドには警察も裁判所もないが、冒険者ギルドが仲裁ちゅうさいに入ってくれる。サニーサイドはそんな野蛮な町じゃない」

「でも、周囲の人も何も言わなくて……」


「大半が何も知らない旅行者だったし、港の奴らは俺のことを知っているから面白がって黙ってくれていただけだ」

「そ、そうなんですね!」


「以前、港で暴れた奴がいてな。ギルドに頼まれて俺が制圧した。それ以来、よくしてもらっている」

「すごい……」


 またもやサイラスの顔の広さと人徳に感心するばかりだ。


(私、大丈夫だわ。サイラスさんといれば……)


 マリサはサイラスをじっと見つめた。

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