第29話:切ない思い
「あの……サイラスさんの手の刻印って、どうやって付いたんですか?」
マリサはずっと気になっていたことを尋ねた。
「ああ、あれね……」
エヴァが暗い表情になる。
「……森で人が消える事件が続いて、サイラスの騎士団が調査に向かったの。機密だから詳しくは教えてもらえなかったけど、どうやら穢れが溜まっていたらしくて対処しようとしたサイラスに襲いかかってきたとか」
「……」
職務に忠実だったために刻印を受ける羽目になり、挙げ句に追放されたのか。
(どれだけつらかっただろう……)
(でもきっと、彼のことだ。粛々と追放命令を受けたに違いない)
「それにしても、サイラスさんみたいな人を追放しなくても良さそうなものなのに……」
「ほんと、ひどいよね!」
エヴァは感情的に憤慨していたが、マリサは別のことを考えていた。
(……彼はトップの騎士。国の重要機密事項もある程度触れているはず。なのに、あっさり手放して大丈夫なのかしら)
国の重要人物を国外に出すのは危険が伴う。情報が流出する可能性があるからだ。
だが、マリサはハッとした。
(国にはエヴァさんたちサイラスさんの家族がいる。サイラスさんが敵国に情報を漏らしたら、家族が危ない。人質のようなものなんだわ……)
だからこそ、あっさり追放命令を出したのだろう。
「そういえば……サイラスさんの恋人は?」
さっきマリサが言っていた言葉を思い出す。
(忘れられない女性がいるようなことを言っていたけど……)
「いたけど、別れたの。あ、アザは関係ないわよ? その前になぜか終わって……」
(サイラスさんの恋人……どんな人だったんだろう)
なぜかそのことを考えると、胸がちくんと痛んだ。
(私だって、婚約者がいたのに……)
「ふあ……」
眠くなってきたのか、エヴァが小さくあくびをした。
「そろそろ寝ましょうか」
「うん……」
エヴァが静かに目を閉じる。
「サイラス……アザが消えたら戻ってきてくれるかな」
「……っ!」
隣でエヴァが静かな寝息を立て始めた。
だが、マリサは眠れなかった。
(サイラスさんは親族にこんなにも愛されている……)
(帰る場所のない私とは違う)
(アザがなくなったら……祖国に帰ることができる)
そのことを思うと胸が苦しくなる。
マリサはぎゅっと寝間着の胸元を握り、強く目をつむった。
(私には引き留める権利もない……)
サイラスの幸せを願うなら、喜んで送り出すべきだ。
だが今のマリサには、到底できそうになかった。




