第23話:穢れの刻印
聖女になるための女学校で、穢れによる呪いについてマリサも学んでいた。
体に刻まれるアザは強力になった穢れによる攻撃だ。
穢れの塊を体に付着させていることになる。
影響は様々で、そのまま衰弱したり、凶暴化したりと心身に影響を及ぼすとされる。
対処法はなし。
聖女でも治せない。
「すまなかった!」
サイラスが深く頭を下げる。
「手の呪いについて、きみに話さなかったのはフェアじゃなかった」
「いえ、頭を上げてください!」
マリサは慌てて手を振った。
(フェアじゃないのは私もだわ……)
(聖女ということも、追放されたことも何も話していない……)
サイラスがぐっと拳を握る。
「呪いの危険性はわかっていたのに……ただ、信じて欲しい。この呪いを受けて一年近くになるが、心身に変調を来したことはないんだ。だから……大丈夫だと自己判断をしたんだ」
サイラスの青い瞳が揺れる。
「だが、一緒に暮らすきみに説明すべきだった」
「いえ……」
マリサは悔しい思いを噛みしめていた。
(私の聖女の力でアザを消すことができればいいのに――!)
どの国でもアザについてはまだ研究が追いついていない。
症例が少なすぎるのだ。
ルーベント王国では女神像を作ってからは、一切報告がない。
過去の症例のいくつかが、教科書に載っているだけだ。
「あの、ゼルニア王国では穢れによるアザってよくあるんですか?」
「いや、少なくとも俺は全然聞いたことがない」
「……」
やはり、稀少な例のようだ。
「浄化の能力がある巫女にも見てもらったが、アザは消えなかった。国は俺を穢れだと判断して、追放となったんだ」
「……」
一方的で強引な対応に見えるが、一概に国の対応がひどいとは言えない。
穢れを持つ人間がどんな悪影響を及ぼすか、予想がつかないのだ。
過去の事例では、バーサーカー化したこともあるらしい。
サイラスのような屈強な騎士が、制御できない暴徒と化したら大惨事になるだろう。
あまりに未知すぎるのだ。
「俺は……このアザを消すためにサニーサイドに来たんだ」
「えっ……」
「ダンジョンでは他では見られない魔物や鉱物、植物が取れる。穢れを消すような力を持つものがあるかもしれないと一縷の望みにすがってな」
「そうだったんですね……」
万に一つの可能性に賭けて、最果ての地に来たのだ。
確かにマリサでもそうするだろう。
ここは未踏の地であるダンジョンがある。
サイラスがフッと苦い笑いを浮かべる。
「結局、そんな都合のいいものは見つからず、ここに腰を据えることになった。だが、今もまだ希望は捨ててないんだ……」
マリサは何も言えなかった。
「何か……見つかるといいですね」
「そうだな。だが、このまま穏やかに暮らせるならそれでいいとも思っている……」
サイラスの言葉にマリサはハッとした。
(サイラスさんの追放は私とは違う。もしアザさえなくなれば、彼は祖国に帰ることができるんだ……)
ルーベント王国の敵国であるゼルニア王国に帰ってしまったら、きっと二度と会えないだろう。
マリサは氷の塊を飲み込んだような気分になった。
(喉が詰まったように苦しい……どんどん胸が冷えていく……)
いつの間にかサイラスは、マリサになくてはならない人になっていた。
マリサはようやくそれを自覚した。
「……マリサ?」
少し不安の入り交じった声がした。
サイラスがじっとマリサを見つめている。
「もし、きみがもう関わりたくないと言うなら、意志を尊重する」
「え?」
「出ていくと言うなら、住む場所を探すし、新しい仕事が見つかるまで援助する」
マリサは呆然とした。
(なんでこんなにお人好しなの……?)
(剣を捧げたから?)
(それに、私がこれくらいのことで離れると――)
(ううん、このくらいのことじゃない。穢れのアザは……)
(でも……)
マリサは顔を上げ、キッとサイラスに向き直った。
「アザのことは……一緒に考えていきましょう!」
「えっ……」
「私も情報収集しますし、何か新しい治療法が見つかるかもしれませんし!」
力強く言うマリサを、サイラスがじっと見つめる。
マリサの心の奥を覗き込むような、深い瞳だ。
「きみは……それでいいのか」
マリサはしっかとうなずいた。
不思議と迷いはなかった。
「私……」
あなたのそばにいたいです――マリサはその言葉を飲み込んだ。
(迷惑がられたら、一緒にいられなくなる……)
「私、今の生活を続けたいんです!」
嘘ではない。きっとサイラスには伝わったはずだ。
サイラスがうなずくと立ち上がる。
「わかった。エヴァと話をするから、きみも来てくれるか?」
「はい!」




