第21話:穢れ
「どこで食うかな。ギルドの酒場に行くか?」
サイラスの言葉に、マリサは慌てて首を振った。
ギルドの酒場には自分の出自を知っているヒースがいる。
できるだけ避けたかった。
「それより、ゆうやみ亭に行きませんか? ゴッシュさんはプレオープンにも来てくれたし……」
「そうだな。久しぶりにゆうやみ亭のチキンライスが食べたい」
「いいですね!」
チキンライスはゆうやみ亭の人気メニューで、焼いた香ばしいチキンとフライドオニオンが炒めたライスの上にどっさり載っているボリューム飯だ。
「私はトマトとナスとチーズのパスタにしようかな……」
ゆうやみ亭はメニューが多いので迷ってしまう。
すっかり日が暮れた大通りを歩き、ダンジョンの中に入る。
もう門番たちとも仲良くなったマリサは、顔パスになっていた。
少しずつサニーサイドに慣れた気分がして嬉しい。
「わっ、賑わってますね」
夜のゆうやみ亭は冒険者たちでごった返していた。
「お、マリサとサイラスじゃねえか!」
ふたりが酒場に入ると、カウンターの奥にいたゴッシュが声をかけてくれる。
「今日からオープンなんだろ。うまくいったか?」
「ああ、何とか」
サイラスの言葉にゴッシュがニッと笑う。
「腹が減ったろう。すぐ作ってやるよ!」
注文を終えると、サイラスが周囲を見回した。
「どうしたんですか?」
「いや、やっぱり皆、『穢れ』の話をしているな、と」
「!」
マリサはびくっとした。
穢れはどこにでも発生する黒いもやの塊で、人や物に悪影響を及ぼす。
疫病の元になったり、人を凶暴化させたり、大量に集まれば集まるほど効力を増す。
なので、早めにこまめに浄化するのが肝要だが、浄化の方法が限られている。
それは国や地域によって呼ばれ方は違うが、いわゆる『聖なる力』だけなのだ。
マリサのいたルーベント王国では『聖女の力』とされていた。
なぜなら、女性しか浄化できないからだ。
「やっぱりダンジョンにも穢れがあるんですね……」
「ああ。魔物が増えると、穢れも広がってくる。対処できるのは聖女や巫女、魔法使いだけだが、なにぶん稀少な力すぎてな……」
「……」
「第二層には結界を張っているし、冒険者ギルドが早急に浄化能力使いを手配するそうだが、気をつけないとな」
「そうですよね……」
サイラスが頼んだビールに口をつける。
「最近、強力な魔物が上に来たり、穢れが増えたりしている。不吉な前兆でなければいいが……」
サイラスがハッとしたようにマリサを見た。
「第一層まで来ることはないと思うが、マリサも気をつけてくれ」
「はい……」
マリサはきゅっと唇を引き結んだ。
(私が聖女で……穢れを浄化できると知ったら、サイラスさんはどう思うかしら……)
(しかも、敵国ルーベント王国出身だと……)
せっかく築いてきた信頼関係が一瞬にして崩れてしまうかもしれない。
(今の幸せを失いたくない……)
(私の聖女の力なんて大したことはないし、何も名乗りでなくてもいいわ。ギルドがちゃんとした人を派遣してくれるみたいだし……)
ルーベント王国では浄化の能力を持つ聖女が、比較的たくさんいた。
穢れに対する研究も進んでおり、穢れを集めることができる『女神像』を作り、聖女たちに祈らせることによって、国内は穢れの脅威とは無縁だった。
敵国のゼルニア王国は、その知識や聖女の力を欲しているらしい。
国境で小競り合いが今も続いているのは、領土の問題だけでなく、穢れの対処に優れたルーベント王国の人材や知識も求めているともっぱらの噂だ。
(私はもう聖女ではないし、サイラスさんを信じている。サイラスさんはもう黒騎士ではないと言っていた……)
それでも、サイラスに出自を話す気にはなれなかった。
(いいよね。だって今のままでうまくいっているんだから……)
「食べないのか?」
サイラスの言葉にハッとすると、目の前にパスタの皿が置かれて湯気が立っていた。
サイラスがチキンを頬張りながら首を傾げている。
「大丈夫か? 何か悩み事でも……」
「いえ、なんでもないです!」
マリサは慌ててフォークを手に取った。




