第20話:カフェオープン
開店時間になり、マリサがドアを開けると見知った顔が店の前にいた。
「アランさん!」
「開店おめでとう」
アランが『開店祝い』の札がついた花籠を抱えている。
「これ、お祝い」
「ありがとうございます!」
マリサは花籠をドアの横に置き、ドアの札を『営業中』に替えた。
(店の前に花を置いていたら、新しい店ができたってわかるわ……)
「いらっしゃいませ、どうぞ」
アランが窓際の席につく。
メニューを持っていくと、興味津々でマリサに尋ねてきた。
「あれからメニューはどうなったの?」
「ハーブティーとスパイスチャイが追加になりました」
「いいね! ハーブティーはここではなかなか飲めないから……。スッキリした飲み口のやつがいいな」
「では、ミントとレモングラスのブレンドでいかがでしょう?」
「じゃあ、ホットで」
「かしこまりました」
マリサは一礼すると、カウンターの中のサイラスに声をかける。
「ハーブティーをホットで。ミントとレモングラスです」
「了解した」
一人目の客が友人のアランだったせいか、サイラスが落ち着いた様子でポットにハーブをいれる。
ポットにお湯を注ぐサイラスを見ていると、マリサはようやく実感していた。
(とうとう、私たちのカフェがオープンしたんだ……!)
リン、と涼しげな音がして、ドアが開く。
「いらっしゃいませ!」
マリサは弾むような足取りでドアに向かった。
*
初日は恐れていたような満席の続く戦場ではなかった。
お祝いを持った友達や、興味津々で入ってくる近隣の人たちがゆったり過ごせる状態で、ふたりは穏やかな初日に幕を下ろした。
最後の客を見送り、立て看板をしまい、ドアの札を『準備中』に替える。
「お疲れさま」
腕まくりをしたサイラスが、洗い物をしながら声をかけてくる。
「サイラスさんもお疲れさまでした」
「なんとか初日を凌いだな。客の入りが想像より少なくて何とかなったが……」
サイラスが苦笑する。
「オーダーが溜まっていくと、どうしても焦ってしまうな」
マリサは箒を手にしながらうなずいた。
「私も……お客様が一気に来られると、目が行き届かなくなってしまいますね」
ふたりは顔を見合わせて苦笑した。
「数をこなして慣れていくしかないな」
「はい」
今思えば、ダンジョンの酒場でアルバイトをやっておいて大正解だった。
てんやわんやのフロアにも、いかつい冒険者の客にも、パニックにならずに済んだ。
(それにやっぱりサイラスさんがいるから……)
カウンターの奥にはいつもサイラスがいてくれる。
その安心感が大きい。
もともと、一人でカフェを開くつもりだった。
だが、様々な経験を積んだ今なら、無茶だったとわかる。
(もしやるとしても、持ち帰りのみのこぢんまりしたコーヒーショップがせいぜいだったでしょうね……)
マリサの夢はゆったりした時間を過ごせるカフェを営むこと。
夢はほぼ叶ったと言っていい。
(あとはお店を続けていけるように頑張らないと……)
「マリサ」
「あっ、はい」
マリサは掃除の手を止めた。
「働きづめで腹がすいただろう。何か食べにいこう」
「はい!」
サイラスに誘われるだけで胸が躍る。
(なんだろう。私、なんだか変だ……)
ドキドキしている自分にマリサは戸惑っていた。
(なんだろう。最近、サイラスさんがすごくかっこよく見えてしょうがない……)
洗い物を終えたサイラスが、シャツの袖を戻しながらこちらを見てくる。
「掃除を終えたら着替えてくれ。俺も食器を片付けたらすぐに着替えるから」
「わかりました」
オーナーが店員を労って食事に連れていってくれるだけだとわかっている。
(別に二人で出かけるのだって、これまでもしてきたのに……)
なのに動悸が止まらない。
(サイラスさんの制服姿が素敵すぎるせいよ、きっと……)
無理矢理結論づけると、マリサはエプロンを外した。




