第17話:プレオープン
とうとう、プレオープンの日がやってきた。
「いよいよですね!」
マリサは店のドアノブに『本日貸し切り』の札をつける。
「デザートの仕込みも終わったし、カップも温めてある……。後はお客様が来るだけ」
マリサはドキドキしながらカフェの中に入った。
「どうですか?」
「ああ。こっちも準備万端だ」
カウンターの奥から答えるサイラスに、マリサはうっとりと見とれた。
(やっぱりフルオーダーにしてよかった!)
ぱりっとした白いシャツに体にぴったりフィットした黒のベスト。足の長さが際立つ黒のズボンにギャルソンエプロン。
前髪は邪魔にならないよう後ろに撫でつけている。
(サイラスさん、かっこよすぎ……!)
正直、厨房でなくフロアに出てきてほしいほど魅力的だ。
(これは女性客が増えるのでは……!)
対してマリサは白い襟つきのシックな焦げ茶色のワンピースの上に、白いエプロンをつけている。
邪魔にならない程度のレースがついており、可愛らしくも品がある。
長い金色の髪はしっかり編み込んで後ろにまとめ、その上から白いレース付きのヘッドドレスをつけてみた。
(なんだか別人になったみたい……!)
制服を着てカフェに立つと、自然と背筋が伸びる。
マリサはウキウキする心を落ち着かせ、ドアを見つめた。
「開店時間ですね」
「ああ」
営業時間は午後二時から七時までとした。
客たちにはその間、好きな時間に来てもらえるよう伝えてある。
「こんにちは!」
一番乗りはギルドの受付嬢のリンダだった。
「え、すごい可愛いお店! きゃー、何それ制服! 素敵!」
店に入るなり、リンダが目を輝かせている。
「いらっしゃいませ」
酒場のバイトのおかげで、落ち着いて案内できる。
「お好きな席にどうぞ。今、メニューをお持ちしますね」
ちらっとサイラスを見ると、若干緊張した面持ちでカウンターの中で立っている。
(そっか、サイラスさんは接客するの初めてだものね)
メニューを手にテーブルに行くと、マリサはぺこりと頭を下げた。
「今日はお忙しいのにありがとうございます」
リンダが艶然と微笑んだ。
「遅番だから気にしないで。それより招待ありがとう」
「とんでもございません。ご注文が決まりましたらお呼びください」
メニューを渡すと、ドアが開く音がした。
「こんにちは」
おずおずと、入ってきたのはアランだった。
手には本を持っている。
(カフェで読書……! それも素敵だわ)
「いらっしゃいませ!」
そこからは戦場だった。次々と招待した友人知人たちがやってくる。
まだ満席ではなかったが、既にサイラスもマリサもいっぱいいっぱいだった。
「はいっ、ご注文ですね!」
「こちら紅茶と焼き菓子になります。お待たせいたしました」
「あっ、いらっしゃいませ! お好きな席にどうぞ!」
マリサもてんてこ舞いだったが、一人で厨房を担当するサイラスも見るからに余裕がない。
客席に目を向けることもなく、ずっとお茶をいれている。
「これ、三番テーブルに!」
「サイラスさん、ミルクプリンもお願いします」
「あっ、ああ、そうだった!」
パニックに近いサイラスをフォローしたかったが、フロアにも目を配らなくてはならない。
オーダーを待つ人、会計を頼む人――今日は招待日なのであらかじめ渡してあったカフェチケットの回収――、それぞれ待たせることなく対処しなくてはならない。
オーダーを取り、注文品をサービングしていると、テーブルを片付ける余裕がなくなってくる。
サイラスも作るのに必死で洗い場まで手が回っていない。
(これ、食器が足りなくなるんじゃ……)
頭ではわかっているが、まったく余裕がなかった。
あっという間に五時間がたち、最後のお客を見送ったマリサはドアの札を『クローズド』に替える。
よろよろとカフェに入ると、気が抜けたのかサイラスがしゃがみ込んでいた。
「サイラスさん! 大丈夫ですか?」
「あ、ああ。まさかこれほど大変だとは……体力には自信があったんだが、ヘトヘトだ……」
「慣れない作業ですから疲れますよね……」
マリサは片付けたテーブルにサイラスを案内した。
「いったん休憩しましょう。私がお茶をいれますから」
「ああ、頼む……」
珍しくサイラスがぐったりしている。
マリサもバイトで慣れているフロア仕事とはいえ、一人で切り盛りするのは初めてだった。
お茶をいれていると、緊張がようやく緩んできた。
「どうぞ、アイスティーです」
グラスを置いた途端、サイラスが一気に飲み干した。
「ああ、そういえば水分を取るのも忘れていた……」
「私もです」
ふたりは顔を見合わせて微笑んだ。
「無我夢中だった……」
「ですね」
招待した客が全員来てくれたせいもあり、いい経験になった。
「オーダーを間違いまくった……。慣れるまでメニューを増やすのはやめておいた方がいいな……」
サイラスが珍しく弱音を吐く。
「あと、ドアにベルをつけたいです。忙しくしていると、来店に気づかなくてお声がけが遅れてしまいました……」
やはり実際体験すると、足りないところが見えてくる。
「カフェチケット、見てみます?」
今回、お金の代わりに用意したカフェチケットには、裏面に感想を書いてもらうようお願いしている。
ふたりは集めたカフェチケットの山を見た。




