第16話:カフェの練習
それから、ふたりはバイトと並行してカフェ修業を始めた。
お茶をいれるのはサイラスの仕事だったが、マリサも一緒に練習した。
二人だけの店だ。何かあった時に代わるのはお互いしかいない。
丁寧にお茶や珈琲をいれるには、少々時間がかかる。
「混んできたら手が回らないので、デザートは二種で作り置きができるものにしましょう。オーダーが入ったら皿や器に盛り付けるだけでいいようにして」
「だが、それでは味気ないのではないか?」
サイラスの問いに、マリサはうなずいた。
「見た目も大事ですよね。ミルクプリンにはミントの葉を、焼き菓子にはクリームを添えましょう」
「……サンドイッチなどの軽食はやはり厳しいか」
「お腹がすいている冒険者の方たちに出したいですよね。ただ、毎日の仕込みを考えると……」
マリサは考え込んだ。
飲み物もデザートも、この二週間でだいぶ美味しいと思えるレベルになっている。
だが、これを安定供給できるかがわからない。
「あ!」
マリサは手を打った。
「プレオープン日を作りませんか? 模擬開店するんです!」
「模擬?」
「知人の方たちだけ呼んで、お客様になってもらうんです。実際のオペレーションの予行になるので、自分たちのキャパシティがわかるかも」
「なるほど……! 確かに訓練だけした新兵をいきなり戦場には出さない……模擬戦を経てからだしな」
腑に落ちたようで、サイラスが力強くうなずく。
「ぶっつけ本番では何事も失敗する。やってみよう!」
「はい! オーダーした制服もできてきますし」
マリサの希望で作った制服だが、動きやすさはもちろんだが、客側の意見も聞いておきたかった。
「とりあえず、カフェに興味ありそうな者に声をかけてみるか」
「ギルド受付のリンダさんはどうですか?」
「ああ、そうだな。アランやゴッシュ、イリスにも声をかけてみるか。皆仕事があるだろうから、来てもらえそうな日をすり合わせよう」
「じゃあ、それまでにメニュー表も作っておきますね」
マリサはわくわくするのを抑えられなかった。
*
幸い、快くプレオープンに参加してくれる人たちが集まり、一週間後に行うことが決定した。
「あっ、そういえばお店の名前、どうしましょう?」
マリサが尋ねると、サイラスが虚を突かれた表情になった。
「……考えていなかった。ふらっと冒険者が立ち寄れる店としかイメージがなくて……」
「店名はあった方がいいですね。待ち合わせなどにも使ってもらえますし」
サイラスが首を捻る。
「……思いつかない」
「サイラスさんのお店ですから、カフェ・サイラスでもいいんじゃないですか?」
「なら、サイラス&マリサにする」
「ええっ、そんな、私なんかの名前を……!」
慌てるマリサをサイラスがじっと見つめた。
「重く考えないでほしい。きみをここに縛り付けるつもりはないんだ。ただ、俺が漠然としか考えていなかったカフェに、きみはアイディアをたくさん出してくれた」
サイラスがカフェを見渡す。
壁には絵やドライフラワーが飾られ、テーブルには薄い青のテーブルクロス。小さな花瓶には花が飾られている。
「このカフェはきみの協力があってこそここまでできた。だから、きみの名前をいれたい」
真摯な言葉に、マリサは涙が浮かぶのを感じた。
(国を追放されて、新天地でカフェを開きたいと思ってサニーサイドに来た)
(なのにいきなり一文無しになって、でもサイラスさんに助けてもらってカフェ開店の夢が叶った)
「ありがとうござます、嬉しいです……」
不安でいっぱいだった自分が新しい町に馴染み、目標のために一心不乱に働けた。
それはサイラスのおかげだった。
「泣くな。カフェがオープンするのはこれからだ」
さっとハンカチを取り出しながらサイラスが言う。
「はい……っ」
「いや、すまん。つい騎士時代のくせが抜けなくて。きみは騎士じゃなくて淑女なのに」
慌てるサイラスにマリサは思わず笑ってしまった。
女性である前に仲間として見てもらえたことが嬉しかった。




