第15話:サイラスについて
ふたりは通りがかったカフェに入った。
こぢんまりしたカフェで、迎えてくれたのは年配の夫婦だった。
「いらっしゃい! 好きな席に座ってね」
髪の短い奥さんが笑顔で声をかけてくれる。
ふたりは通りが見える窓際の席に座った。
「可愛いテーブルクロス!」
テーブルには白地にピンクの花柄のテーブルクロスが置かれている。
「ふむ……。言われてみれば、壁にいろいろ飾られているな……」
サイラスも店内を観察し始めた。
「陶器の人形か……ふむ」
メニューは数が少なく、あまり選択の余地がなかった。
ふたりはそれぞれ珈琲と紅茶、それにクッキーを頼んだ。
「あの、私お給金をもらったので、ここは払いますね!」
これまでのお礼とばかりに言ってみたが、サイラスが首を横に振った。
「これから何かと入り用になるだろう。それはきみのために使え」
「でも――」
「それを言うなら、俺も報酬が出たばかりだ。気にするな」
「でも、私、お世話になってばかりで……」
「気になるなら、カフェの仕事で返してくれ。正直、いろいろ意見を出してくれて助かっている」
サイラスの言葉に、マリサは顔を輝かせた。
「ほんとですか!」
「ああ。俺にはない視点で見てくれてありがたい。制服など考えもしなかったが、確かにいいアイディアだ。仕事用の服があることで意識も変わる」
どうやらサイラスは騎士服を思い出しているらしかった。
(騎士服を着たサイラスさん、素敵だろうな……。見てみたい)
敵国の騎士だというのに、マリサはついうっとりとしてしまった。
「サイラスさんは半年前からサニーサイドに来たんですよね?」
「ああ」
やはり期間が短い。なのにどこに行っても知り合いがいるうえ、信頼が厚い。
自分が半年後、サイラスのようになられるとは思えない。
「あのっ、来て間もないのになんでそんなに有名なんですか? 冒険者だから?」
率直な問いに、サイラスが苦笑する。
「有名ではないと思うが……。そうだな。大勢の人に覚えてもらえるようになったのは、三ヶ月前の討伐だったか。コカトリスという危険な魔物が第二層に来て大騒ぎになって、俺も駆り出された」
「コカトリス……」
「二本足で立つと俺よりでかい魔物で、鳥の体に蛇と鳥の二つの頭を持つ。一番やばいのはツメだ。猛毒がある」
「倒したんですか?」
「一気に二つの頭を切り落として倒した。それで冒険者ランクが上がったんだ。ゴールドに。たぶんそれだろう」
「すごい……」
やはり元黒騎士だ。剣の腕が際立っている。
「それで皆、恐れているというか……サイラスさんの名前に救われたんですけど……」
マリサが酒場で絡まれた話をすると、サイラスが苦い表情になった。
「冒険者の中にはろくでもない奴が混ざっているからな。そういう奴らはよく問題を起こす。女子どもに手を上げるようなクズもいて、そんな時は手加減できない……」
サイラスがぐっと拳を握る。
「五人相手に立ち回ったりもしているし、そういうのを見かけたのもかもしれないな」
「ご、五人相手に勝てるんですか……?」
「これでも十四の頃から戦場で戦ってきた。そこらのごろつき相手なら負けはしない」
「す、すごいです!」
「いや、誉められたことでは……。町で暴力を振るうのは避けたいのだがな。目に余る者が多くてギルドから自警団の認定までされてしまった。さすがに腕章は断ったが……」
どんどん小さい声になるサイラスに、マリサはくすっと笑った。
きっと、オバケキノコを退治してくれたように、怯えて逃げる人を見捨てられないのだろう。
(優しい人なんだ……)
母国では、冷酷で残虐な騎士だと言われていた黒騎士のサイラス・ネイト。
だが、本人を前にすると印象がまるで違う。
(でも、どうしてこんな優しくて強い人が、母国を離れて冒険者をしているんだろう……)
知れば知るほど謎だ。
自分が王なら、優秀で人格者の騎士など手放さない。
マリサはサイラスの左手の甲に巻かれた包帯を見た。
(もしかして怪我が原因かと思ったけれど、魔物やならず者相手に難なく立ち回っているようだからそれも違う……)
だが、サイラスに尋ねるのは憚られた。
包帯について触れたときの固い表情を思い出したのだ。
「どうかしたか……?」
「えっ」
沈黙が長かったのだろうか。サイラスがこちらを見ている。
「俺が怖いか?」
表情は変わらない。だが、少し心配そうな声だった。
「全然怖くないです! むしろ、サイラスさんのことをお守りみたいに思って仕事をしてました!」
「お守りか」
サイラスがフッと笑った。
(わ……!)
(こんな笑顔、初めて見る……!)
ほとんど表情を変えることのないサイラスの笑みが強烈にマリサの脳を灼いた。
(もっと、笑ってほしい!)
マリサがうずうずしていると、トレイを持った店員がテーブルにやってきた。
「お待たせしました」
運ばれてきた珈琲と紅茶をそれぞれ口につけたふたりは、しばし無言になった。
マリサは顔が渋くなるのを避けられなかった。
「……紅茶、すごく渋いです。それに香りが飛んでる……。蒸らしすぎかも……」
「こっちの珈琲も苦すぎる……。以前来たときは逆に薄くて味気なかった」
サイラスが顔をしかめている。
「量や時間を厳密に決めず、感覚で作っているのかもしれないな」
クッキーはつまんだだけでボロボロと崩れてしまい、食べづらい。
ふたりは顔を見合わせた。
「美味しいお茶とデザートを提供できるよう、練習しなくちゃですね」
「ああ。毎回、安定したものを出さないと客は離れていくし、美味しくないとくつろぎの時間の雑音になる」
今回のカフェはいい反面教師になった。