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第13話:酒場の仕事

 厨房ちゅうぼうで忙しく働いている料理人たちの背後を通ると、ドアがあった。


「これが店員用の控え室だ。その棚を使え。荷物や着替えを入れるロッカーになっている」


 棚には小さなドアがついており、鍵がかかるようになっている。


「貴重品は身に付けず、服も汚れていい、動きやすいものにしておけ。髪が長いな。後ろでまとめろ。これがエプロンだ」


 黒いエプロンを渡される。

 マリサの準備がととのうと、控え室を出る。


「接客は初めてなんだな? じゃあ、まずテーブルの片付けからだ。食事が終わったテーブルのものを厨房のカウンターまで運ぶ。そのあと、テーブルを拭く。できるな?」

「はい!」


 マリサは渡されたトレイを手にドキドキしながらフロアに出た。

 フロアにいる客が一斉にマリサを見る。

 男たちに凝視され、マリサは思わず硬直した。


(な、何か変なのかしら)


 ドキドキしながら、マリサは客がいなくなったテーブルを片付けた。


(お、重い……!)


 重ねた食器を載せたトレイは思いのほかバランスを取るのが難しい。

 他の店員を見ると、皿や器は重ねてトレイに載せ、グラスやジョッキはもう片方の手にまとめて運んでいた。


(トレイを片手で持つの……? 落としてしまいそう……)


 マリサは無理をせず、トレイを両手に持って足早に洗い場に向かった。

 何度か繰り替えすうちに、だんだん隅々《すみずみ》まで目が行き届くようになる。


(あの端のテーブルの人たち、もうすぐ帰りそう……)

(あ、あのテーブルの人たち、オーダーを待っている……)


 ゴッシュがポンと肩を叩いてくる。


「少し慣れたか?」

「はい」

「じゃあ、次は料理を持っていってくれ。テーブルには番号が割り振ってある。右端から順に一番、カウンターも同じく右端から一番だ」

「は、はい!」


 調理場のカウンターにビールのジョッキが二つ置かれる。


「七番テーブルに!」

「はい!」


 マリサはぐっと手に力を込めてジョッキを持った。


(こぼさないように、慎重に)


 ドキドキしながら、テーブルの番号を数える。


(七番、七番……)


 男性が二人いるテーブルの前に立つ。


「お待たせしました。ビール、二つです」


 マリサが言うと、男性たちがじろじろと見てくる。


(えっ、間違えた……?)


 びくびくしていると、男性がにやっと笑った。


「きみ、もしかして新入り?」

「えっ、はい、そうですけど……」

「町に来たばっかり? 俺が案内したげようか」


 そう言うと、男がいきなりマリサの手を握ってきた。


「ひっ……」


 驚いて手を引っ込めようとしたが、握られた手はびくともしない。

 突然の出来事に、マリサは声も出なかった。


(ど、どうしたら……)


 何かあったらサイラスの名を出せばいい――パニックにおちいったマリサの脳裏にゴッシュの言葉がよみがえった。


「サ……」


 恐怖で声が喉で詰まる。

 そのとき、サイラスの青い目が浮かんだ。

 頭に載せられた大きな手の感触も。


 ――頑張れ。


 サイラスの言葉が胸に響く。


「サイラスさんっーーーーー!!」


 気づけば、マリサはまるでおまじないのようにサイラスの名を叫んでいた。

 騒がしかった酒場がしん、と静まり返る。


「えっ、サイラスって……」


 手を握っていた男が慌てて手を離し、おろおろと戸口の方に目をやる。


「もしかして、サイラス・ネイトのこと?」

「そうだよ」


 いつのにか、背後にゴッシュが立っていた。

 まるでそびえ立つ山のような巨躯きょくに、男たちは声もない。


「この子の保証人はサイラス・ネイトだ。何かあったら、彼が黙っちゃいない。もちろん、俺もだ。ダンジョンを出禁になりたいか?」


 男たちがごくり、と唾を飲み込んだ。


「も、申し訳なかった。その、あまりに可愛くて……」

「いいか、二度とやるなよ。警告は一回だけだ。わかったか新参者しんざんものが」


 低い押し殺した声に、男たちが激しくうなずく。

 そして、怯えたようにビールに口をつけた。


「来な」


 ゴッシュに背を押されるようにしてマリサは厨房のカウンターまで戻った。


「す、すいません、私、あの……」

「今のでいい」

「えっ……」

「自分の身が危険だと思ったら大声で知らせろ。そうしたら、俺やギルドの警備員が駆けつける」


 力強い言葉に思わず涙が浮かんだ。


「私、ご迷惑……」

「迷惑なのは客の方だ。若い女にちょっかいかけたがる奴は多い。まともに相手にするな。無視するか大声を上げてやれ」


 自分は間違っていなかったと肯定こうていされ、マリサは安堵した。


「まあ、今のであんたにはサイラスがついてる、って知れ渡るだろ。新参者かよほどの馬鹿以外は手を出してこないから安心しろ」

「はい」


 マリサはトレイを手にフロアに出た。

 すると、今まで自分を無遠慮に眺めていた男たちが、そっと目をそらせることに気づいた。


「……っ!」


(私の保証人がサイラスさんだから? サイラスさんってそんなにすごいの?)


 サイラスはサニーサイドに来て半年ほどだと言っていた。

 なのに、町の人々と顔見知りになり、一目置かれている。


(すごい……)


 黒騎士として名をせたのは知っている。

 だが、国を出て新天地で一からやり直しても、ちゃんと居場所を作れている。


(私も見習わないと……)


 サイラスのようにはなれなくても、それでもサニーサイドで地に足を付けて生きていきたい。


(もう争いや陰謀はり……)

(ゆったりと穏やかな生活を送りたい……)


 そのためには頑張るしかない。

 マリサは顔を上げ、せっせと仕事にはげんだ。

 探索を終えたサイラスが迎えにくる頃には、もうオーダーも取れるようになっていた。


「お疲れ。これが今日の給金だ。明日も来られるか?」


 ゴッシュの言葉にマリサは笑顔を浮かべた。

 明日も来てもいい、ということだ。


「はい!」

「初日なのによくやってくれたよ。助かった」


 ゴッシュのねぎらいの言葉に胸が熱くなる。

 マリサははずむような足取りで、サイラスと共に酒場を出た。

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