第12話:ダンジョンへ
大きな洞窟のようなものが見えてきた。
「あれがダンジョンの入り口だ」
洞窟の前には、門番らしき棒を持った男性がふたり立っていた。
「やあ、サイラス。今日は討伐に?」
「いや、酒場に用があってな」
サイラスが紙包みを見せると、門番たちが笑った。
「イリスの使いか」
「まあな」
「で、そっちの子は?」
門番たちから鋭い視線を投げかけられ、マリサはびくっとした。
「俺の同居人だ。マリサ、登録証を」
「はい!」
マリサが作ったばかりの登録証をおずおずと出す。
門番たちが登録証を手に取った。
「ギルドで住民登録済みか」
「保証人は俺だ」
「じゃあ、問題ないな。どうぞ」
門番があっさり通してくれたので、マリサはホッとした。
「厳重なんですね」
「登録した住民以外はダンジョンに入れない。でなくば、無法地帯になってしまうからな。ちなみに住民登録は半年ごとに更新が必要だ」
「すごくちゃんとしているんですね、冒険者ギルドって……」
「上に立つ者が優秀だからな」
サイラスがさらっと言う。
「ギルドマスターはまだ若いが、他国からも一目置かれている。政治的手腕に長けている男だ」
(サイラスさんが手放しで誉めている。どんな人なんだろう……)
(いつか会えるんだろうか)
マリサはサイラスと共にダンジョンの中へと足を踏み入れた。
ダンジョン内は薄暗く、壁面に付けられたランプの光が頼りだ。
「日の光がないと暗いだろう。いつも夜のようなものだ」
サイラスの言葉にうなずきつつ、ダンジョンの奥へと足を進めていく。
「ここが第一層の門前広場だ」
洞窟からいきなり広い空間に出たマリサは目を見張った。
円形のスペースには壁にそってぐるりと店がひしめきあっている。
「ひ、広いんですね」
「ああ。だが、ダンジョンはまだこの奥まで続いている。ここはほぼ入り口と言っていい場所だ。人間しかいないから安心しろ」
サイラスの言葉にマリサは胸をなで下ろした。
外は真昼だというのに、この中は薄暮の世界そのものだ。
長くいると時間の感覚がなくなってしまうだろう。
中央の広場にはテーブルや椅子が置かれ、冒険者らしき装備の人たちが休んだり話したりしている。
そのほとんどが男性だ。
中には目つきが鋭い者もおり、マリサはびくびくした。
「大丈夫だ。ギルドの警備員もいる」
マリサの緊張に気づいたのか、サイラスが声をかけてきた。
「黄色の腕章をつけているのがそうだ。何かあれば助けを求めればいい。さっきの通路を戻れば門番もいる」
「はい!」
確かに冒険者たちに混ざって数人、黄色の腕章をつけた男性がいた。
いずれも凜とした表情の屈強な男たちで、頼りになりそうだ。
「ここは皆、金稼ぎに来ている。だから揉め事も多い。治安維持にギルドも力を入れている」
サイラスが足を止めたのは、『ゆうやみ亭』と書かれた店の前だった。
「ここが紹介された店だ」
店にはドアがなく、ふたりは夕焼け色の暖簾をくぐって中に入った。
店の中には大勢の客が飲み食いしており、なかなか繁盛しているようだった。
客席を縫ってサイラスがカウンターに向かう。
「ゴッシュはいるか」
「おお、サイラスか」
店の奥からサイラスより体の幅がある大男がでてきた。
ひげ面で斧がよく似合いそうだが、彼が手にしているのは白い皿だ。
「これ、三番テーブル!」
ウェイターに皿を渡すと、ゴッシュがにやりと笑った。
「久しぶりだな。最近はダンジョンに来てないのか?」
「ああ。開店準備で忙しくてな。これ、イリスから預かった豆だ」
サイラスがゴッシュに袋を渡す。
「今日はイリスの紹介で、同居人を連れてきた」
マリサはドキドキしながら進み出た。
「はじめまして、マリサと言います。少しの間、こちらで雇っていただけないでしょうか」
ゴッシュが目を細め、マリサの顔をまじまじと見つめる。
「ん? 見ない顔だな。……まさか、おまえの妻か?」
思わぬ言葉に、マリサは声を上げた。
「ち、違います!」
「そうなのか? 一緒に暮らしているんだろ?」
「ただの同居人だ。カフェを手伝ってもらうことになっているんだが、ここで修業させてもらえないか?」
ゴッシュの目が鋭さを増す。マリサはごくりと唾を飲み込んだ。
「あんた、接客業の経験は?」
「ないです」
「ふーん。いかにもお嬢様、って感じだもんなあ。この町では目立つだろう?」
道行く人にじろじろ見られたのは、やはり気のせいではないらしい。
普通にしているつもりなのだが、異質な気配を皆感じ取っているのだろう。
(早く馴染みたい……)
「ウチはいつも人手不足だ。少しの間でも手伝ってくれりゃあ助かる。見習いだから一時間、二十ギニーでどうだ?」
「はいっ、お願いします!」
教わるばかりかお金までもらえるなんて夢のようだ。
頭を下げるマリサにゴッシュが苦笑する。
「素直っていうか、世間知らずっぽいな。こりゃあ、心配だ。あんたも目が離せないだろう?」
ニヤッと笑うゴッシュに、サイラスが無表情でうなずく。
「俺が保証人になって面倒を見ている」
「そりゃあ、安心だ! お嬢さん……マリサ、って言ってたな。あんた、いい人に出会えたなあ」
ゴッシュが豪快に笑う。マリサはぎゅっとスカートを握った。
(やっぱり私って世間知らずのお荷物なんだ……。サニーサイドに来れば何とかなるなんて甘い考えだった。サイラスさんがいなかったらどうなっていただろう……)
想像するだけで恐ろしい。
「まあいいや。あんたは目立つから絡まれることもあるだろうが、そういう時はサイラスの名前を出せばいい。もちろん、俺の目の届く所で余計な真似はさせねえよ」
ゴッシュの黒い瞳が物騒な光を帯びる。
「あんた、今日から入れるかい?」
「はっ、はい!」
マリサはちらりと伺うようにサイラスを見た。
「俺も久しぶりにダンジョンに潜るとするか。第二層に行ってくる。帰りに寄るから、それまで頑張れ」
サイラスがポンと頭に手を置く。
「……っ!」
温かく大きな手の感触が伝わり、マリサはくすぐったい気持ちになった。
「あ、すまない!」
サイラスが慌てて手を離す。
「つい、うっかり……その、ちょうど置きやすいところに頭があって……いや、淑女にすることではなかった」
おろおろするサイラスに、マリサは思わず微笑んだ。
「はい、頑張ります」
サイラスが同じダンジョンにいてくれると聞いて、マリサはホッとしていた。
(一緒に帰れるんだ)
もちろん、それがサイラスの気遣いであることはわかっていた。
(私が不安にならないようにしてくているのね……)
入り口に近いとはいえ、初めてのダンジョンだ。どうしても心細く感じてしまう。
「では行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
ふたりのやり取りを見ていたゴッシュがニヤニヤと笑う。
「まるで若夫婦だな」
「えっ!」
(ううん、子どもと保護者みたいなものだわ……)
赤くなったマリサに、ゴッシュが声をかける。
「じゃあ、奥の部屋に案内するから来な」
「はい!」
マリサはドキドキしながら、ゴッシュの大きな背中についていった。