第11話:食料品店
サイラスが案内してくれた食料品店は、町の中央通り沿いに店を構えていた。
「わあ、可愛らしい」
マリサは赤い屋根と白い壁の店構えについ見とれてしまった。
「やあ、サイラス」
店の中に足を運ぶと、店長らしき女性がにこりと微笑んできた。
サイラスより少し年上だろうか。
長い髪を後ろでまとめた美人だ。
「イリス、今日は相談に乗ってもらいに来た」
イリスと呼ばれた女性が興味深そうにマリサを見る。
「おや、可愛い連れがいるね」
「ウチで同居しているマリサだ」
「えっ!」
イリスが大きく目を見開く。
「まさか結婚……?」
「いや、違う。同居人だ! カフェも手伝ってもらう!」
「花嫁候補か」
「違う! いろいろ事情があってだな……一緒に暮らすことになっただけだ!」
「ふーん」
イリスがニヤニヤ笑ってサイラスを見る。
「いくら女に言い寄られても近づけなかったおまえさんがねえ……」
「サイラスさんってモテるんですか?」
マリサはつい気になって口を開いてしまった。
イリスが大げさに手を広げる。
「あー、モテるね。無愛想だが、いい男だし、何より金を稼げる! ここでは有能な冒険者が一番モテるからね」
「そ、そうなんですね……」
国で一番の騎士だったサイラスの強さは、ダンジョンでも通用するのだろう。
店舗付きの一軒家を新築できるくらいだ。
「彼女に変なことを吹き込むな。モテてない!」
サイラスが憮然とした表情になる。
「はいはい、悪かった。で、今日は何が必要?」
「カフェで出す紅茶の茶葉と珈琲豆だ」
「チャイ用?」
「いや、チャイだけでなく、普通の紅茶も試してみたい」
「そう、それならルーベント王国の紅茶が一番美味しいと思うよ」
突然故郷の名前が出てきて、マリサはびくっとした。
(そ、そうなんだ。世界的に見ても、ウチの国の紅茶って美味しかったんだ……)
マリサは他国を知らないが、確かに紅茶のお店が多かった気がする。
「ルーベント……」
サイラスが低い声を出したので、マリサはドキドキしながら見つめた。
(やっぱり敵国のものは嫌かしら……)
「わかった。試してみたい。それをくれ」
「はいよ。じゃあ、ルーベント王国の老舗ブランド、オードリーの茶葉ね」
マリサはハッとした。
自分が大好きだったカフェで出てきた紅茶が、オードリーのものだった。
(ああ、あの紅茶が飲めるのね……!)
まさか、故郷から遠く離れた最果てで、あの紅茶が飲めるとは思わなかった。
マリサは頬が緩むのを感じた。
「珈琲はそうだな、キリク公国のものが人気があるらしい。この町ではあまり飲まれていない高級品だから、特別感があっていいんじゃないか」
「それももらおう」
「珈琲をドリップする道具もつけておくよ。使い方は紙に書いてある」
イリスがてきぱきと品物を出してくる。
「これでいいかい?」
「焼き菓子を作りたいので、小麦粉と砂糖とバターと卵を。あと、ゼリー用のゼラチンをお願いします」
マリサが言うと、イリスがにやっと笑った。
「いいね、カフェで出すのかい?」
「そのつもりです」
「冒険者は男が多いせいで、この町は酒場ばっかりだ。私もカフェを楽しみにしてるよ」
「あ、あの……」
マリサは思い切って尋ねた。
「私、カフェで修業をしてみたいんです。一ヶ月ほど雇ってくれそうなカフェってありますか?」
「うーん、そうだねえ……」
イリスが首を傾げる。
「だいたいカフェって夫婦二人で切り盛りしているからなあ。あ、そうだ!」
イリスがポンと手を打った。
「いつも人手が足りない店があった。ダンジョンの一層にある酒場なんだけど、お茶も出すから修業にうってつけ」
「ダ、ダンジョン!!」
思ってもみない提案に、マリサは声を上げてしまった。
「ダメ? 怖いかい?」
「あ、あの、私来たばっかりでダンジョンがよくわかっていなくて……」
「まあねえ、人が増えてこの町の住人でもダンジョンに足を踏み入れたことがない人もいるからねえ」
マリサは傍らのサイラスを見上げた。
「サイラスさん……ダンジョン内の酒場ってどんな感じですか?」
「行ってみるか?」
サイラスの言葉にイリスがうなずく。
「そうだね、実際に見てみるのが一番だと思うよ。もし働けそうなら、店長のゴッシュに頼んでみな。私の紹介だって言えばいいよ」
イリスが後ろの棚に手を伸ばす。
「ついでにこの豆を届けてよ」
「人使いが荒いな」
苦笑しつつ、サイラスが袋を受け取る。
「じゃあ、よろしくー。買ったものは帰りに持っていけばいいよ、取り置いておくから」
食料品店を出ると、二人はダンジョンへと向かった。
(ダンジョン……どんなところかしら)
マリサはドキドキしながら足を進めた。