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第10話:開店準備

「ところで、カフェの開店準備はどうされるんですか?」

「これからそろえていくつもりだ。とりあえずテーブルと椅子だけ用意した。見てのとおりだ」

「じゃあ、何が必要か書いていきましょう。紙とペンはありますか?」

「ああ」


 マリサは差し出された手帳を開ける。


「まずは食器ですよね。ティーカップ、グラス、お皿、フォークやスプーンなどのシルバー類。席数は?」

「四人掛けできるテーブルが六つ、カウンターに六席、合計二十八席だ」

「満席になった時のことを考えて、席数分食器を用意しましょう」

「多くないか?」

「いえ、混雑している時に洗い場に立てないかもしれないので、予備としてあった方がいいと思います」

「なるほど……」


 ふむ、とサイラスがうなずく。


「メニューはもう考えていますか?」

「チャイ」


 即答だった。


「疲れた冒険者には甘いものだ」


 サイラスがキリッとした表情で主張してきたので、マリサは思わず微笑んだ。

 彼のカフェのコンセプトは『疲れた冒険者を癒やす場所』だ。


「そうですね……。チャイももちろん出しますが、普通の紅茶も出しませんか?」

「普通の紅茶……」

「砂糖なしの紅茶です」


 マリサが考えているのは、王都にあった人気のカフェだった。

 明るい店内で美味しい紅茶とデザートを口にする、ゆったりしたあの時間は何物にも代えがたいものだった。


「ふむ。そうだな。珈琲もあった方がいいか」

「はい!」


 時には気分を変えて珈琲を飲みたい時もある。


「軽食も出したいが……そこまで手が回るかわからんから、まずは飲み物だけにするか」

「作り置きできるデザートを二、三種類はどうでしょう?」


 やはりカフェで食べるデザートというのは格別だ。

 飲み物だけでは味気ない。


「デザート……焼き菓子のようなものか?」

「ええ! ゼリーなんかもいいと思います」

「ゼリー……」

「もしかして、食べたことないですか?」

「ああ」


「甘いものはお嫌いですか?」

「いや。戦場では携帯できる甘味はありがたかった。だが、普段は食べていなかったから……」

「じゃあ、私作ります! 味見してください!」

「ああ、わかった」


 前のめりなマリサに若干じゃっかん押されながらサイラスがうなずく。


「紅茶と珈琲。それにデザートか。それくらいなら二人でやっていけるか」


 二人で、という言葉にドキッとする。


(まるで夫婦みたいに聞こえる……)


 マリサは赤らんだ頬を隠すように手を当てた。


「そ、そうですね! 最初からメニューを増やすより、その方がいいと思います」


 マリサもカフェで働いたことがない。二人でどのくらい客をさばけるか想像もつかない。


「サイラスさんは騎士だとお聞きしましたが……飲食店での就業経験は……」

「ない」


 サイラスがきっぱりと言い切った。

 もちろん、マリサも聖女の仕事の経験しかない。


(初心者二人でお店を……少し不安だわ)


「私、開店するまでどこかのお店で働いて修業してきます!」

「俺もやった方がいいか……」


 マリサの言葉にサイラスが不安そうな表情になる。


「サイラスさんは、美味しいお茶と珈琲のいれ方を練習してください」

「そうだな。チャイなら自信があるが……」


 サイラスがこくりとうなずく。

 マリサはハッとした。


「すいません、私出しゃばった真似を……。オーナーはサイラスさんなのに」

「いや、真剣に考えてくれてありがたい。騎士団の運営ならイメージが湧くんだが、どうもカフェを経営するということがよくわかってないようだ」


 サイラスがぽつりとつぶやく。


「イメージ先行というか……皆が幸せそうにお茶を飲んでいる店にしたい、というだけで……。実務の方はからっきしで、よく副団長にも怒られた」


 サイラスの意外な一面に、マリサはくすっと笑った。


「私も素人ですが……全力でお手伝いをするので頑張りましょう!」

「ああ」


 マリサはノートにペンを走らせた。


「えーと、他に必要なものはテーブルクロスと小さな花瓶……」

「そのままじゃダメか?」

「ダメではないですが……あった方が素敵ですよ」

「そうか、花か……」


 サイラスが首をひねっている。


「あの、サイラスさん。カフェの客は男性だけで考えています?」

「えっ」


 サイラスが驚いたように目を見張った。


「いや、別に誰でも……」

「だったら、内装も少しずつ整えていきましょう。壁に絵やドライフラワーを飾るのも素敵ですし」

「絵……花……」


 まったく内装について考えていなかったようで、サイラスがぽかんとしている。


「あ、そうだ。看板もいりますね。店の軒先に飾るのと、立て看板もあるといいですね。あとはメニュー表。開店を知らせるチラシもあった方がいいかも」

「やることが山積みだな」

「そうですね。茶葉や珈琲豆の仕入れも考えないと……」

「仕入れ先はもう決めているんだ。輸入品を扱っている食料店があって。店と相談するか」

「いいですね! アドバイスをもらいましょう」


 ふたりは立ち上がった。

 酒場を出る時、グラスを磨いているウェイターのヒースがちらりとこちらに視線を向けてきた。


(秘密にしてくれるといいけど……)


 マリサは祈るような思いで酒場を出た。

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