死神に心奪われた青年
あるところに愚かな青年がいた。
周りの者は言う。
「あいつは死神に心を奪われている」
事実、彼はいつだって死にかけていた。
周りの者が心配をしても彼は振り払ってしまう。
食事をしない。
崖から飛び降りる。
そして、凶獣の前に飛び出す。
誰もが彼を止めた。
しかし、彼はどれだけの傷を負っても同じことを繰り返した。
やがて、彼は誰からも見捨てられてしまった。
それでも彼はしばらくはしぶとく生きていたが、やがて彼は遂に死んでしまった。
穏やかな表情のままに。
所変わって死後の世界。
あの青年をひたすらに叩き続ける少女がいた。
彼女こそが青年が死に取り憑かれた理由にして、人々が知らぬままに死神と呼んだ存在だった。
「バカ! この大馬鹿! なんで死んじゃうのさ!」
彼女は幼い頃に死んでしまった青年の幼馴染。
少女は青年を殴り、蹴り、そして噛みつきながら言った。
「私、言ったよね? 何度も! 私なんか忘れて幸せに生きてって! それなのに!」
事実だった。
幼くして死んだ彼女は一度だけ彼の前に訪れて告げたのだ。
『私のことは忘れて。幸せになってね』
しかし、皮肉なことにその言葉に青年は縛られてしまったのだ。
彼はまるで彼女に訴えるようにして、何度も瀕死の重傷を負った。
その度に彼女は死者と生者の世界の境目にまで来て言っていたのだ。
『いい加減、私のことは忘れて!』
しかし、青年がそれを改めることはなく、遂に死に至ったというわけだ。
どれだけの時間、叩かれ続けていただろう。
青年は自分の目の前で息を切らす少女に向かって一言呟いた。
「嬉しくないの?」
その言葉を聞いた少女は大きなため息一つして。
「……救いようのないバカね、あんた」
精一杯の皮肉を受け取り青年は答えた。
「バカで幸運だ。君を愛し続けられたのだから」
その言葉を受け取った彼女はようやく微笑んで言った。
「そうね、ありがとう」
死者の世界の人々は一途な二人を見つめ、優しく彼らを祝福した。