いつか夢のランウェイへ ☆
そのあとクリスタからサイン入りのポスターをもらい、夢見心地のまま再びエアバスに乗って帰路に就いた。
12区のクーパー家では、帰宅の遅い末娘を大層心配していたとみえ、夕食前に両親からお説教を喰らうことになる。けれどもサリーの心は推しのクリスタのことでまだ弾んでいたし、プレゼントされたサイン入りポスターは家族を驚かせた。
特に次兄ロブは大いに羨ましがり、速攻でガールフレンドで隣人のシンシアに妹の快挙を電子メールで報告していた。間を置かずして、シンシアからは悲鳴のような歓喜の返信が返ってきて、明日の朝登校前にクーパー家に寄るので見せて欲しいと懇願される。
ふたりともサリーの夢を応援してくれていたし、また彼女の影響でシンシアもクリスタの大ファンになっていたから、直筆サインはぜひとも見て欲しい。もちろん自慢もしたい。
そんなことを考えていると、机の上の携帯通信用端末機が鳴った。電子メールだけでは飽き足らなくなったのか、シンシアからだ。
通話をonにすれば、フォンの画像再生面上に実物の約1/10の3D立体画像が立ち上がる。
「ねえ、サリー。推しのクリスタに直々ウォーキングを見てもらえるなんて、あなたなんて幸運なの! この調子ならオーディションも合格して、モデル事務所からも通知が来て、いつかクリスタとランウェイを歩けるかもね!」
シンシアの興奮は収まらない。我が事のように喜んでくれるのがサリーにもうれしい。一緒に有頂天になりたいが、まだキャリアパスは何ひとつうれしい結果を得たわけでもないので、手放しでは喜べない。
「それはまだわからないわよ。ものすごく大変だって、クリスタにも釘を刺されたもの。これからのあたしの努力次第だって……」
「でも、いい刺激になったでしょ。やっぱりクリスタと一緒に仕事をしてみたいって思ったでしょ。なら、叶えなくっちゃ!」
「うん、そうだね」
そうなるといいな、とサリーは心の中で強く思っていた。
翌朝、中学校に着くと直ぐにバスケットコートへと走った。
身長が低くても出来ること、自分のスキルを上げるために、ジェシーが授業開始前に自主練習をしていることをサリーは知っていたからだ。
今日も2つのボールを左右の手で同時にドリブルするという練習をしていた。試合中のように動き回るのではなく、ひたすらその場でドリブルを続けている。スタンスを広くとり、腰を落として重心をさげ、視線をあげてボールを見ない。
姿勢から意識すれば、ドリブルのフォームが整う。ボールの跳ねかえりがブレなくなるので、効率よくドリブルを上達させられるとジェシーは言っていた。視線を上げることで、コントロール力も身に付くのだとか。
ドリブルが上手くなれば技のバリエーションが増える上に、相手を素早く抜き去れるスキルも身につくので、ぜひとも精度を上げたいのだそうだ。
(姿勢が大事ってのは、一緒だな)
昨日クリスタに言われたことを思い出し、サリーも意識して背筋を伸ばす。
コートにボールを強く叩きつけるパウンドドリブルから始まって、身体の前でボールをバウンドさせて左右に振るフロントチェンジ、片手を使ってボールがVの字になるように突くV字ドリブル。股下をくぐらせるレッグスルーというドリブルでは、足を入れ替えたり歩きながらドリブルを突いたりもする。これを左右同時にやるのだから、素人目にもすごいと思う。
ひたすらに練習を続けるジェシーを、声を掛けることもなくサリーは眺めていた。
身体のうしろを通すドリブル、バックチェンジでは自分の背後に腕をまわしてボールをバウンドさせようとしたのだが、身体が反って姿勢が崩れためなのか失敗してしまった。
「あー、ちきしょう。またやっちまった!」
ジェシーもバランスを保つのは難しいらしい。
「すごいね。見るたびに上達しているように見えるよ」
「まだまだ。ちびは小回りとテクニックでのっぽの間をすり抜けてやるんだ。
それよりサリー、昨日は災難だったな。あいつらロクでもないのは有名だけど……」
「あぁ、もういいよ。あんなヤツらのことなんて。あたしもジェシーみたく地道に努力して、図体のデカさとテクニックで勝負してやるんだから!」
「――はぁ?」
ジェシーは、昨日のいじめの件をひどく心配していたらしい。帰りのバスに乗り込むサリーが思いつめた顔をしていたので、無事帰宅できたかと気になっていたそうだ。
「サリーは気づいていないみたいだけど、下校時はクランブル橋から飛び降んじゃねぇかって、暗~い顔してたぞ」
クランブル橋は美しい斜張橋だが、同時に時折り自殺志願者が橋桁の上に立つことでも有名だった。心配をかけたことを素直に謝る。
そしてプープラン通りのナダルのメゾン前でクリスタに会ったこと、ウォーキングを教えてもらったことなど、わずか数分ではあったが夢のようだった出来事を話した。
「スッキリした顔してるから、吹っ切れたのかとは思ったけど。心配は無駄だったか。いいなぁ、実物クリスタかぁ。羨ましいぜ。
しかもレクチャーしてもらい、サイン入りポスターまで貰ってきたてぇ〜! なに、その神対応! マジ神じゃん!
俺にもそーいう幸運降ってこねぇもんかなぁ」
と本気で羨ましがる。ジェシーは数回コートに穴をあける勢いでボールをドリブルしたのち、
「あ、だからかな。こっちへ来るサリーの歩き方がカッコいいなって思ったんだ」
そう言ってにっこり笑った。
サリーは舞い上がりそうに嬉しくなった。ジェシーの笑顔が眩しかったのも、歩き方を褒められたのも、どちらもドキドキときめく事だったからだ。
☆ ☆ ☆ ☆
その後――。
堂々と歩くようになったサリーに対して、いじめっ子たちは近寄らなくなった。このかわり、友人がたくさんできた。
ジェシーもチームのレギュラーに選ばれ、身長も徐々に伸び、このまま成長が止まらなければ「ちび」のあだ名は返上出来そうである。
サリーは友人たちとバスケットの試合観戦に行くという楽しみが増えた。目的は、ジェシーも活躍する母校のチームの応援だ。
サリーもジェシーも、13歳の少年少女らしい充実した生活を送っていた。
やがて、サリーが14歳になる前日。彼女の元にトゥロンモデルエージェンシー社から待ち侘びた知らせが舞い込む事になるのだが、それはもう少し先の話になる。
イラスト:ごんたろう様
【用語解説】
携帯通信用端末機・・・電話やメールに加えて様々な機能を備えたスマートデバイスの一種。ス〇ホの進化系。
トゥロンモデルエージェンシー社・・・クリスタも所属する大手モデル事務所。
サリーの未来にも明るい光が差し込んできたようです。
13歳のモデル志望のサリーのお話はここで終わりますが、最後までお付き合いありがとうございました。彼女が推しのクリスタとランウェイを歩くことができたかどうかは、またどこかでお話しできたらいいですね。
それでは、また。
2026/3/26 挿し絵を追加しました。ごんたろう様、ありがとうございました。




