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エアバスはバクラヴァ5区へ ☆

 サリーの乗ったエアバスは、順調に中央(セントラル)5区方面へと進んでいた。


 街並みが少しずつ顔色を変えて、住宅街から商店街へ。さらに華やかさをまとった繫華街へと変わっていく。それを車窓から眺めているのは、いつだって楽しかった。

 なのに、今日だけはその景色もぼんやりと滲んで見える。ややもすれば重たい気持ちに身体を押し潰されそうになるので、彼女はそれらを振り払おうと頭を左右に大きく振ってみた。偶然彼女の方を向いていた前の座席に母親と座っていた男の子が、サリーの顔を見てにこりと笑う。大きな丸い目に人懐こい光を満々とたたえて、大層愛らしい笑顔だったので、つられて彼女も笑顔になった。

 同時にエアバスは大きな交差点を右折して、バクラヴァ名所のひとつでもある巨大な斜張橋クランブル橋を渡り始めた。

 

 同じバクラヴァ市内といっても、サリーの住む12区と中心区(セントラル)とでは街の空気はかなり違う。バインフラン川に掛かるクランブル橋を渡ると、その光景は顕著に変わってくる。同じような堅実なデザインの建物(はこ)が立ち並ぶ住宅街とは異なり、都会のビルディングはモダンで、ひとつとして同じデザインは無く、競うように高層な建物が増えていく。

 クランブル橋から1ブロック離れたあたりから、街には人が溢れ、道路にも(エア・カー)の列ができた。近隣の都市間を結ぶハイパーループの真空チューブレールも見える。チューブの中を疾走する乗車カプセルは、隣の学園都市ロクム・シティ行きだろうか。頭上を飛ぶ配送用ドローンの数も12区のそれの比ではない。行儀よく、蟻の行列の様に続いている。

 どこからか流れてくる最新のヒットチャート、クラクション、ざわざわとした空気、いかにも都会らしい喧騒に包まれたのだった。

 

 整備されたバクラヴァ中心区は、縦横に大きな通りが走る。それぞれ表情も違う。通りごとに街路樹も街路灯のデザインも違っているのだが、もちろん街全体の雰囲気を損なわないように配慮されていて、それらがまた洒落ていて洗練されているのも楽しい。カフェ、宝飾品店、骨董品店、画廊、老舗レストランや有名ヘアサロン、高級テーラーに個性的なセレクトショップ……と店先のショーウィンドウは、趣向や並ぶ商品は違えどどこも夢の世界が描かれていた。

 前回同行した長兄の説明によれば、大抵の高層ビルは3~4階までが店舗フロアで、上階はオフィスやホテル、高級マンションになっているそうだ。こんなところに住めたらいいな、とふたりで冗談を言ったりもした。家賃は恐ろしく高額だろうから、現在のクーパー家には夢だけれども。


 惑星レチェル最大の商業地区でもある3区から6区あたりは、この星の住人だけではなく観光客も多い。近隣の惑星からも、贅沢品高級な嗜好品などは、定期便に乗ってわざわざここまで買い物に来るのがステイタスとも言われているらしい。

 ましてや6区と7区には美術館、博物館、劇場も沢山あるので、それらを目当てに訪れる旅行客も大勢いる。そんな人々を満足させるため、この街は流行の最先端と伝統をうまく調和させ洒落者の好奇心を満たしていた。そのせいだろうか、道行く人々は皆スマートな足取りで、大都市を闊歩しているように見える。

 サリーはバスの窓に顔を寄せ、まばたきも忘れてそれらを観察していた。



 バスの窓から見える世界は、推しの人気モデル、クリスタを見かけたあの日と全く同じではないが(せわ)しなさは変わらない。サリーにとって、バクラヴァ5区はいつだって美しい憧れの夢の世界だった。なのにどうして今日は、いつものようにキラキラと輝いて見えないのだろう。どんよりとした雨色にバクラヴァ全体が塗りこめられているようにも思える。上空は晴れているのに。不思議でならなかった。


 ぼんやりと風景に見入っていたサリーの目の前に、小さな手がいきなり現れ左右に振られた。びっくりして我に返ると、その手の主は先程彼女に笑いかけてくれた小さな男の子だった。バイバイと云う別れの挨拶のようだ。次のバス停で下車するのだろう。

 母親がサリーを見てほほ笑んだ。息子の相手をしてくれて、ありがとうという意味なのだろうか。ありがとうもなにも目が合ったから笑い返しただけで、何をしたわけでもないのだが。急いで、小さな彼に向かって手を振り返す。すると、彼がまた笑顔で手を振った。くりくりっとした丸い目が、嬉しそうに輝く。

 なのでサリーも口角の上がった笑顔を作り、さっきより大きく左右に手を振った。


 母子が下車した後、エアバスの乗客はサリーひとりきりになってしまったが、気分は少し上向きになっていた。さっきの男の子の笑顔が効いたらしい。名前も知らない、ただバスに乗り合わせただけの短い時間の出会いだったけれど、だからこそ無邪気な男の子の笑顔は眩しくてうれしかった。


 ふと窓ガラスに映った自分の姿を見て――。

 

 ああ、せめて着替えてくればよかった! サリーはそう思った。帰宅もせずにそのままターミナルへと向かいバスの飛び乗ってしまったので、本当に普段着のまま来てしまったのだ。着古したTシャツにジーンズという、星都バクラヴァ一の繫華街には似つかわしくない服装だ。しかも髪もボサボサのままだし!


 慌てて手櫛で髪を撫でつけ、そのままTシャツとジーンズの埃を払い、せめてリップだけでも直そうとしていたところに車内アナウンスが響いた。


「次はバクラヴァ5区プープラン通り停留所です」


(降りなきゃ!)


 手荷物を掴み、サリーは昇降口へと急ぐ。その時、エアバスはちょうどロマン・ナダルのメゾン・ド・クチュールの前を通りかかっていた。

 サリーの視線が、自然とそちらへ移動した。そしてその目に、鮮やかな一枚のポスターが飛び込んできた。


 サリーの目が見開かれる。


(あー! クリスタだ。クリスタの新作のポスターだ!)


 無情にもエアバスはその前を通り過ぎる。バス停がその先にあるからだ。我知らず地団駄を踏んでいたサリーだったが、交通の流れの向上と事故防止のためAIと道路に埋め込まれた自動センサーで計画的に走行しているエアバスは、決まったパターンでしか走行しない。

 バス停に留まりドアが開く時間のもどかしいくらいだったが、爪先に埋め込まれたIDチップをかざして料金を払い、歩道に降り立つとサリーは一目散に通り過ぎてしまったナダルのメゾン・ド・クチュール前へと走り出した。


(あたしったら、忘れていた! 今日よ。今日だったんだってば!

 『descalzo』シリーズの新作コスメ用のポスターが発表されるのって。メゾンやクリスタのブログで、ちゃんとチェックしていたのに!

 早く見たくて、うずうずしていたくせにっ!)


 周囲の大人たちは5区の目抜き通りを走る少女を怪訝そうな眼で眺めていたが、当のサリーは全く気にならなかった。


 それより、推しのクリスタが映し出された新作ポスターだ!




   挿絵(By みてみん)

      イラスト:堺むてっぽう@必ず完結させます\(^o^)/様




イラストは堺むてっぽう@必ず完結させます\(^o^)/様より、「なろ美」でいただいたものです。ありがとうございました。この作品は、頂いたイラストありきなのです。



おねがい <m(__)m> (実験中)


お読みいただきありがとうございます。もし「面白いな」もしくは「面白いかもしれない」と思ってくださった方、「感想は面倒くさいけど足跡を残したいな」と思われた方、




 ( •ॢ◡-ॢ)-♡




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テスとクリスタ ~あたしの秘密とアナタの事情
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