王女
本当にひどいものばかり。
萎びたジャガイモからは目が出てきて、人参は虫に食べられ穴ぼこだらけ、さらにカビた野菜も・・・・・・パンなんかパンとは思えないほど固い。
そんなのが大量にある。
野菜の中には虫つきまであった。
「ありがとうございます・・・・・・北の国の方ですよね?」
青年の目は少し怯えた色を見せている。
そうよね、怖いわよね。
死んでいないからって生きているわけでもない・・・・・・そんな生活を強いられているんだから。
「ええ、そうよ。南の国の青年さん。」
あたしは微笑んだ。
別にあたしは何もしないとわかってほしかった。
それでも少しずつ青年が後退りするのを感じた。
過去で見た南の国はこんなにひどい国じゃなかったのに・・・・・・。
みんなやさしくて旅をしていると言うとすぐに受け入れてくれた。
当時、北の国も今ほどひどい衰弱の一途を辿ってはいなかった。
なんせ、あたし達が生まれる前の出来事だから。
「以前の南の国はとても美しかったわ。」
ビクリと青年が止まる。
「だから北の国の王族の中の大臣たちに狙われたのかもしれないけど。」
「わ・・・・・・悪いのはすべて王女だと聞いた!これも全ては暴君王女のせいだ!」
あたしが青年を見上げると青年はあわてて辺りを見渡した。
王女の悪口を言う者は兵達が好き勝手に罰を与えて、時には死んでしまうこともある。
国を見る中であたしも少しは平民生活を知った。
でも王女はあたし、あたしの前で王女の悪口を言っても何も起こらない。
「大丈夫よ。兵は皆今は居酒屋で飲んでいるから。」
さっき居酒屋がどんちゃん騒ぎだったことを青年に話す。
「あなたは・・・・・・王族じゃないんですか?なんでこんなところにいるんですか?」
野菜を持ち直しながら青年はあたしを訝しげな顔で見る。
確かに王族の王女よ、だけどね、権力なんて、地位なんて意味を持たないわ。
それこそ密封されていたらね。
「結末を・・・・・・変えるためよ。」
「・・・・・・結末を?」
「亡国と成り果てた北の国、南の国、さらには東の国も蝕まれつつある。そんな中であたしはあたしの大事な人を救うための方法を探しているの。」
「大事な人・・・・・・。」
青年はほとんどおうむ返しだ。
でもその濁ったびー玉見たいな今まで何も映していなかった瞳はちゃんとあたしをとらえていた。
「それがうまくいけばきっと世界も変わるわ。南も北も飢えに苦しむことはなくなるかもしれない。だから・・・・・・今のあたしは王族ではないわ。そんなものいらない。結末をかえられるならそれでいいのよ。」
でも・・・・・・犠牲を出すわけにも行かない。
きっと過去をいじって王女をあたし達双子ではなくしても、別の王女が祭り上げられるでしょう。
そしてあたし達はこの世に生を授からずに、母も殺されることはなかったでしょう。
そうなれば国は変わらない。
国ではない、大臣が変わらない。
大臣を変えなければならない。
国を変えるなんてそんな大それたこと1人できるわけないけど、あたし達双子の運命を変えられたらそれは必然についてくるものなのだと思うの。
でもここもまだやはり王女を目の敵にしてるから、あたしは後何回違う未来を選ぶために飛び回るのかな。
「王族であるという・・・・・・権威がいらない・・・・・・?」
驚かれるのも当然だ。
今の国は大臣達が必死に位にしがみついて我こそはと蠢いている。
一歩踏み出せばわかったはずの醜い世界。
でもあたしは踏み出さなかった。
知らなかった。
知ったとしてもきっと・・・・・・信じなかった。
この身に痛いほど実感するまでは。
だからなかなか進まない。
この時代のあたしにあっても、次元を超えているあたしはいないから、きっと話をしたってムダ。
温室野菜だから。
やってみなきゃわからない?やらなくてもわかるわ。
話をしに行くのは王女。
あたしが時を駆け回る前のあたしなら、絶対信じはしなかった。
“そーゆー世界”は有り得ないのだと思い込んでいた。
「ええ、権威なんてあっても意味ないもの。」
すると青年は俯いてこうこぼした。
「あなたみたいな人が・・・・・・王女ならよかったのに・・・・・・。」
あたしが王女よ・・・・・・。
本当はね。
「ありがとう。」
思わずポロリと出そうになる言葉をこらえてニコリと笑った。
「あなたは何故北の国に支配される前の南の国の事を知っているんですか?」
ああ、うん・・・・・・。普通なら不思議に思うよね。
あの時はまだ私が赤ん坊の頃。未来からしたら存在するのは不可能・・・・・・なはず。
彼なら・・・・・・5歳くらいかな。
「小さい頃ね。一度見た程度だけど・・・・・・みんな優しくて温かだった。身も家畜もみんな豊富で・・・・・・。」
だから大臣達が南の国を支配下に置くことを決め、それまで平和だった南の国は北の国に攻め入られ、滅びた。
それを喉まで出しかけて押し戻した。
「そう。豊かだった・・・・・・新しい王女が来るまでは。北の国も今の王女が君臨する前はここまでひどくなかったと聞く・・・・・・なのに、どうして今の王女には聞こえないんだ!痛いほど聞こえるはずなのにっ!」
感情のなかったその顔には濃く、はっきりと現王女に対する憎しみが刻まれていた。
「“聞かない”んじゃなくて“聞こえないようにされている”としたらどうするの?」