俺とメニュー画面
俺は新卒社会人。5月病を乗り越え、梅雨が開けた7月の事だ。
他県で行われた研修を終え、帰るまでの空いた時間で遊園地へ遊びに行き、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。
取引を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるもう一人の仲間に気づかなかった…
だって7月だぞ?何で黒ずくめなんだ!一人はスーツだった、これはまだ解る。もう一人が完全なロングコートだったのが駄目だった…気になりすぎた。そりゃあ夢中にもなる。
俺はその男に薬を飲まされ、目が覚めたら……異世界に来ていた!
頭を殴られ、朦朧とする意識の中、薬を飲ませてくる男が言っていた気がする
これを飲んで剣と魔法の世界にチートスキル無しで放り出されて野垂れ死にしちまいな!と。
しかしながら冷静になってよくよく考えてみると物凄い技術力である。
人一人を錠剤一つで異世界転移させる仕組みこそ魔法と言っても過言ではない、であれば俺が元いた世界も、ある意味魔法の世界と言えるのではなかろうか。
さて、飛ばされてしまったものは仕方がないので切り替えていこう。
読者諸君は地球人が異世界に飛ばされて、まず最初にする事は何かお分かりであろうか。
RPGゲームをプレイする機会がある人間ならピンとくる方も多いだろう。そう、メニュー画面を開く事である。
漫画では大抵異世界に来た人間が念じると、眼前にメニュー画面が開くパターンが多いことは周知の事実。俺も先人に習って念じてみる。
ほほぅ、どうやら念じただけではメニューは開かないタイプの異世界らしい。しかし俺は諦めない、色々と検証してみよう。
なるほど、目に意識を集中すると頭に浮かび上がるタイプの異世界でもなければ、身体の特定部位に触れると出現するタイプの異世界でもないらしい。いつの間にか手にコントローラーを持っているなんて事もなかった。
ダメ元で飛んだり跳ねたり走ったり横になって見たりもしたが全て徒労に終わった。
そこでふと思ったのだが、そもそもメニュー画面ってなんだ?
よくよく考えるとゲームのメニュー画面に書かれてる事柄と言えば何か?
まず持ち物だ、これはメニュー画面を確認するまでもない、自分が何を持っているのかなど両手とポケットと鞄を見ればすぐに判るじゃあないか。
他は何か?
RPGならば装備だろうか?今の俺の装備は化学繊維の帽子、化学繊維の服、デニム生地のズボン、化学繊維の靴、合皮の鞄、金属製のアナログ腕時計である。
これも見れば判る。
ソシャゲだと編成という項目があったりもするが、今一人の俺には関係ないし、そもそも編成なら口頭で変更可能である。
由々しき自体である、異世界の定番となっているメニュー画面…全然要らないのでは?
いやいや、落ち着くんだ俺!まだ大事なメニューが残っていた!そう!ステータスである!
これは自分の職業、レベル、体力や筋力、魔力や特技等が瞬時にわかる便利機能だ。メニュー画面が無くともステータス画面は何らかの形で必ず登場するのが異世界。
ステータスオープンと高らかに唱えれば、立ちどころに自分のステータス画面が閲覧できるに違いない!
旅の恥は掻き捨て!俺は叫ぶぞ、ステータスオープン!!!
…出てこないタイプの異世界であるらしい。
もしかしたら特定の職業や道具、場所じゃなければステータスが閲覧できないタイプの異世界なのかもしれないが、ここで検証する事はできない。
現実世界でもステータス画面なんてものは当然無く、道具を使用して自身の体力や筋力、知力や体重や視力なんかを測定するのだから、そもそもステータス画面も不要なのかもしれない。
俺の職業は眼鏡屋だし、特技は特に無い、この間の健康診断で身長は181cm、体重は73kg、視力は裸眼で1.5で聴力も正常、血液と検尿でも引っ掛からなかった事は把握済みである。
…今確信した、メニュー画面もステータス画面も要らないわ!