過去を読み取って
「あの、なんだか大変ですね。 あそこまで言われる筋合いは無いんですけどね。」
なにか話題がないかと話を振り絞ったけれど、そんな言葉しか出てこなかった。 流石に上司の愚痴を割り出そうと考えるあたり、私も悪い人だと思ってしまった。
「いえ、元々の性格も相まって、あのように言っているだけですよ。 それに自分を越えられるのを恐れているだけの臆病者ですので、お気を悪くしないで下さい。」
「・・・なんだか随分と辛辣に言いますね。」
「先程のやりとりから私が元魔法使いなのは分かったと思うので、魔法使いは魔力を見ることが出来ますので、その人の技量と言うものが分かるのですよ。」
あぁ、それで自分よりも魔力が少ないから、そこまで威張られても怖くないってことになるのかな? 色々と複雑そう。
「さて、貴女にクラスゲットの儀を始める前に、この教会での習わしとして、貴女について調べておかなければいけないのです。 ですから少し貴女の過去を、見させて貰います。」
「え? 過去を?」
「本当にその職業に正確にあっているのか、それを見定めるためです。 特に貴女から何かをした貰う必要はありません。 こちらでやれるだけやるだけですので。」
そういうことならと私は彼女に委ねることにした。 過去を覗いて何が分かるのかと疑問にも思ったのだけれど、それが習わしならば従うのが郷というものだろう。
「この過去を読み取る人材も年々歳を重ねて減少しています。 それは神官としての役目を果たせなくなっていると言う暗示にもなります。」
「この教会の人達は、全員出来たりするのですか?」
「全員出来ますよ。 程度は人それぞれですが。」
全員が過去を読み取れるって、そういう星の下に産まれてきたからなのか、それとも血の滲むような努力と葛藤とかがあったからなのか、私には分からない。
「あまり長話をしているとガネッシュさん達に怒られてしまいます。」
「このようなことで怒るような方々ではないと思いますが?」
「ええ。 とても優しい方達です。 ですので、そのような方々に嫌われたくはないのですよ。」
それは分かるかも。 なんにも知らない私をこうして受け入れてくれたもの。 優しくない訳無いよね。
「長くなってしまって申し訳ありません。 それでは始めますので、こちらに頭部を貸してください。」
ああ、やっぱりそういうのは脳から直接読み取るんだ。 まあ、普通はその方がやりやすいもんね。
私は目を瞑って、そのまま身を委ねることにした。 他にすることもないし、じっと見てられるのも、相手が気が散りそうだし。
そう言えば過去ってどのくらい昔の事を遡るのでしょうか? 私の中の黒歴史も見られるのかな? それは・・・ちょっと嫌だな。
「・・・んん?」
そう考えていたらシスターさんが唸りを上げました。 あ、変なこと考えてたから妨げちゃったかな? こういう時ってどうするんだっけ? 考えないように・・・考えないように・・・無気力・・・無気力・・・
「・・・なるほど、そういうことでしたか。」
なにか分かったようで、すぐに再開されました。 そして長かったような短かったような読み取りが終わったみたいなので、目を開けます。
「・・・はい。 貴女の過去を読み取らせて頂きました。 とはいえ貴女はガネッシュさん達にお墨付き、既に推薦を貰っておりますので、貴女に白魔導師のクラスゲットの儀を、改めて行うことを宣言致します。」
宣言って・・・ でもやれることには変わり無いから、私としてもありがたいかも。 でも気になった事はあるので聞いてみることにした。 無理して答えて貰う必要も無いけど。
「あの・・・先程はなにか疑問を出していたようなのですが、何かあったのですか?」
「何かあった・・・というよりもなにも見えなかったと言った方が正しいのかもしれません。」
「・・・え?」
それって、わ、私の過去が見えなかったってこと? それともよっぽどの暗黒時代ってこと?
「いえ、ちゃんと確認は取れたのですよ。 ただ見え始めたのが貴女がこの世界に召喚をされたからというのでした。 そこで私は思ったのです。 貴女はこの世界の理とは違う世界から、この世界に召喚された人物なのだと。」
そ、そういうことですか。 確かに私が住んでた世界って、魔法なんてものは存在しないものね。 こういうのも漫画とかだとよくある話よね。
「でも、それでも私の事を完全に把握したわけではないですよね?」
「ええ。 後は貴女の魔力量と道中での出来事を見て判断を致しました。 私としてもここまでの魔力量がありながら王子がそれを見抜けていないことを憤りを感じております。 いつからこの国はこんなことになってしまったのやら・・・」
溜め息をついたシスターさんは仕切り直しと言わんばかりに頭を振りました。
「そんなことを言ってもしょうがないですよね。 クラスゲットの儀は行います。 まずはそこの魔方陣の上にお立ちください。」
シスターさんが後ろに向かって指をさした場所に私は歩き、そこで立っています。 シスターさんは何かの紙にツラツラと書いていっています。
「すみません。 ではこちらをお持ちください。」
渡されたのは先程までなにかを書いていた紙。 文字だらけだし、こちらの言葉が分からないので、何て書いてあるのか分からない。 まずはこの世界の読み書きから始めないといけないよね? 流石になにも読めないで1人で街に行くのはあまりにも危険すぎる。
『数多ある神々よ。 我々をこの地に芽生えさせ、そして役割を担う存在とせよ。 今宵与えるは人を癒す力を持ちし者。 治癒の女神よ。 かの者に加護を与えたまえ。』
その詠唱と共に、私は光の中に包まれる感覚になった。 そしてそれが数分続くと、私はなんだか軽くなったような感じがした。
「これにて貴女の「白魔導師」としてのクラスゲットの儀は終わりました。」
「・・・え? これで終わりなのですか?」
「なにか問題でも?」
「い、いえ・・・なんというか、ちょっと拍子抜けというか、もっとなんか仰々しいものがあるのかと思ったんですけど。」
「最初のクラスゲットの儀はそのようなものですよ。 衣装とかも案外普通ですし。 しかし確実に貴女の魔力は変化があったと思います。 行きましょうか。」
そう言ってシスターさんと共に私は表に出る。 そして祈りを掲げていたのだろう、マウスレッドさんたちのところに戻ると、皆さん最初は少し驚いた様子を見せたけれど、すぐに納得した様に頷いていた。
「やはり儀式を行って正解でしたな。」
「そうですね。 自分に役割が与えられると、更に力が増しますからね。」
「え、この儀式にそんな力があるんですか?」
「正確には能力の向上、もしくは留めていた力の解放の方が正しいかと。 僕達の時も同じでしたから。」
「っていうか、今回の神様頑張りすぎじゃない? 魔力向上にしたってこんなに上がるもの?」
様々な意見が飛び交ってはいるものの、どうやら本当に儀式は確実に成功した様だ。
「本日は儀式に参加していただき、ありがとうございました。 貴女たちに、神のご加護があることを。」
「こちらこそありがとう。 わざわざ意見を振りきってまでやってくれて。」
「今度休みの時は一緒にどこか行きましょ? シスターって結構気疲れするって聞いたし、リフレッシュは必要でしょ?」
「滅多の事を言わないのルビルタ。 シスターが大変なのは知っているでしょう?」
シスターさんに感謝している皆さんを見習って、私も改めて、シスターさんの方に顔を向ける。
「あの、本日は本当にありがとうございました。 なにも知らない私のために、ここまで尽力していただいて。」
私はまだこの世界に、右も左も分からないまま訪れた異世界人。 こうして自分に役割が与えられたのも、提案をしてくれたガネッシュさん達と、嫌みのように言ってきた神官の言葉を突っぱねて儀式をしてくれたシスターさんのお陰である。 感謝以外の言葉はなにもなかった。
「貴女の本当の過去について興味はありますが、前の世界の記憶をこじ開けてしまえば、未練だらけで集中出来なくなることでしょう。 それでも貴女が見たいというのならば、手を差し伸べましょう。」
私のためにまだ力を貸してくれる。 そんなシスターさんに私は、自分の役割を全うしているのだと改めて感じた。
そして私達は教会を後にすることになった。
「道に迷ったのならいつでもお越しください。 我々、いえ、私はいつでもお待ちしております。」
教会のドアが閉まる前に、シスターさんは深々と頭を下げて、そう言っていたのだった。