魔導師の家族
「まあ、禁忌の魔法と言われている言うのは嘘なのですが。」
全部聞いた後にマウスレッドさんが気の抜けた声でそう言ったので、私は立っていた足から全てが抜けたように力が入らなかった。
「も、もう。 ビックリさせないで下さいよ・・・」
「ですが再生魔法が使えるのが希少な事については本当です。 そして代償を払うこともあると言うのもまた事実になります。 ただそちらの場合はもっと上級クラスの魔法詠唱になります。 今は考える必要はありません。」
そう言われるとそうなんだろうけど・・・ 私にだって年月というものはある。 だからこそ出来ることなら、この世界で生き抜く術を見つけるのは至極当然の事だと思ってる。
「さて、予期せぬ寄り道をしてしまいましたが、家に戻りましょう。」
たまたま出会った少女に心の中で生きる価値を見いだしてくれた事を感謝しながら私はマウスレッドさんの家に向かうことになった。
「ここになります。」
そこにあったのは二つ屋根の一軒家。 モダン調な家の造りは、周りの森とも同調していた。
「うわぁ。 正しく魔法使いの家、と言った風貌ですね。」
「ありがとうございます。 元々魔法使いというのは、賑やかな場所ではあまり暮らさないので、せめて森の中でだけでもと思っているのです。」
確かにファンタジーな世界なら都会の街並みにひっそりと魔法使いが暮らしているという話は見たことあるけれど、普通はこういった森の奥に暮らしてるのよね。 なんでも魔素が強いからって、よく書かれてるけど。
「あら? マウスレッド。 お仕事は終わったの?」
窓の方を見ると、マウスレッドさんに良く似たご婦人が現れた。
「ええ、今日のお仕事は終わりましたので、こうして帰ってきました。」
「無事に帰ってきて良かったわ。 ルビルタ。 マウスレッドが帰ってきましたよ。」
そう言うと今度は綺麗な白髪ロングヘアーの女性が、玄関の戸を開けてくる。 ああいうのをアルビノって言うんだっけ?
「お帰りマウスレッド。 おやつの蜜柑果汁入りのパンケーキ、焼けてるわ。 あんた好きでしょ?」
「ありがとうございます姉さん。 魔術を使った後だと、あの酸味と甘味が欲しくなるのですよ。」
「あんたとは昔っから一緒だからね。 好みとか体調の面とか、色々と分かるようになるのよ。 ところで・・・」
そういってルビルタさんは私の方を見つめてきた。 その名の通りの赤い瞳が私の奥底までを見据えているかのように見つめてくる。
「その子は誰かしら?」
「彼女は今回の儀式で召喚されたホノカさんです。」
「ええっと、ホ、ホノカです。 初めまして。」
どうやって挨拶していいか分からなかったけれど、とにかく不自然の無いように話すしかないと思っても、言葉も声も上ずってしまう。 元々コミュニケーション能力低いから、こういう時が一番キツイのよ。
「・・・あら。」
そう声をあげたのはお母さんの方だった。 なにか分かったような表情をしていた。
「マウスレッド。 あなた彼女は今回の儀式で召喚されたって言ったわよね?」
「ええ。 申し上げました。」
「この子、これだけの力があるのなら、何故あなたが連れてきたのですか? 理由がおありでしょう?」
「彼女は王の目に「無能」扱いされ、王子の性奴隷へと堕とされかけたので、過剰な賠償金でしたが私が引き取ったのです。」
「は!? マジで!? うっわ! いよいよやりやがったかあのド腐れ共! 本当に救いようが無いわね!」
私の事が話されるや否や、ルビルタさんが豹変したかのように怒声を出した。 いきなりのことで私も何故か身体をビクつかせてしまった。
「王妃がいなくなってからの横暴ぶりはマウスレッドから聞いていましたが・・・そうですか。」
「母さん、姉さん。 彼女の魔法は、制御できるよう僕が教えます。 ですからここに住まわせてあげることは出来ないでしょうか?」
そう言ってマウスレッドさんは2人に頭を下げた。 この人のこういった姿を、私は何度も見せられて、前の世界の自分ではまずあり得なかっただろうなと、自分を自虐していた。
「・・・あんた、それ本気で言ってるの?」
そしてルビルタさんの質問は辛辣なものだった。 それもそのはずだ。 こんな右も左も分からないような異世界の小娘を簡単には受け入れてもらえないのは薄々と気が付いていた。 だから私はこういった。
「あの・・・私の事は大丈夫です。 あの王子から助けてもらっただけでも恩着せがましいのに一緒に住まうなんて事はさせていただかなくても、そのお気持ちだけで十分です、 ですから・・・」
「ルビルタ。 あなたはもう少し含みの無い言葉を使うべきですよ。」
ルビルタさんの厳しい言葉に、お母さんがそう言葉を発した。 どういうこと?
「ごめんなさいね。 私もルビルタもあなたを住まわせることには反対してないの。 これだけ立派な魔力の持ち主ですもの。 手放す方が勿体ないですからね。」
「え? 私の魔力って、見えるものなのですか?」
「魔術師は相手の魔力を見て、どれだけの強さを持っているかが分かるのですよ。 とはいってもこれが出来るのは熟練の魔術師か血縁でないと習得すら出来ないのですがね。」
「そう言うことだから、あなたを歓迎するわ。」
「あの、それでは、ルビルタさんが言ったのは・・・」
「あれは「あなたを家に入れること」に対してじゃなくて、「マウスレッド1人で育てる事」に対して言ったのよ。 ルビルタは言葉足らずな事が多くてね。 相手を勘違いさせやすいって指摘しても、なかなか治さないのだもの。 ちょっと心配になるわ。」
あ、そ、そう言うことでしたか・・・ クール系なのは分かっていたけれど、それじゃあどっちかと言えば冷徹系になっちゃうよ。
「とにかくあなたの事が知りたいわ。 召喚された人ってなかなか会えないもの。」
「ありがとうございます。 えっと・・・」
「カレトよ。 私の名前。」
「カレトさん。 本日からよろしくお願い致します。」
そう言って私は頭を下げた。 今日から私もこの国の人のために頑張ると、マウスレッドさんが認めてくれた日から決めたから。
「姉さん。 彼女に僕の分のパンケーキをあげてください。 僕の方は準備することがあるので。」
「いいけどなにするのよ?」
「あの王子への譲渡金、白金貨5枚ほどをね。」
その事実を改めて知って、私は頭から血の気が引いた。 そうだった、私のために、マウスレッドさんのお金をあげるんだった。
「あ、あの! 本当にごめんなさい! あの王子から救い出すために、お金を用意して貰って・・・こ、このお返しはいつか必ず・・・」
「気にする必要はありませんよ。 僕が望んでやったことです。 それに僕個人でもかなり資金がありまして、吐き所が無くて困っていたのですよ。」
「普段からお金を使わない子ですからねマウスレッドは。」
「つーか、あのバカ王子に素直に渡しに行く必要ないっしょ? 1枚くらい偽物を交えたって分かりゃしないわ。」
「それとこれとは話が違いますよ。 僕は部屋に行きます。」
そんなやり取りをした後にマウスレッドさんは2階へと上がっていってしまった。
「ホノカさん、だったかしらね。 そこで立っているのもあれだからこちらに腰掛けて下さいな。」
そんな私はカレトさんに言われて、リビングであろうテーブルに座ることにした。 椅子が4つしか無いのに、その一つを占領してよかったのだろうかと思ってしまう。
「はい、マウスレッドにあげる予定だったパンケーキよ。」
「あ、あの。 私は別に構いませんので・・・」
「あら、家族になったのに、遠慮するの? なら、これはお客さんとしてもてなすわよ。 全く、こんな良心的な娘を「無能」扱いとはどういう頭してるのかしら。 あの馬鹿王子。」
どうやら食べさせてくれることは間違いないらしい。 そう思ったら何故か気が抜けたように、そのパンケーキに吸い寄せられるように置かれたフォークとナイフを手にとって、バターが溶けたパンケーキを食べた。
口に広がるバターのコクとパンケーキの中に入った蜜柑の果汁が甘味と酸味のコントラストを生み出していた。 そんな優しい味だったからか、私はこの世界で奴隷として生きることにならなかったことに、こうして無知なる私を受け入れてくれたマウスレッドさんの家族の温かさに涙した。
「・・・もう怖がる必要はないのよ。 ここでゆっくりと、あなたは過ごしていけばいいの。」
「・・・ごめん・・・なさい・・・ ・・・ごめん・・・な・・・さい・・・」
「謝らないで。 ここに来たことの全部を悪いことと思わないで。 あの馬鹿王子が勝手にやったこと。 あんたはなにも悪くないんだから。」
私は自分の才能が認められたこと。 そしてこうして迎え入れてくれた事に、ただただ、涙を流すことしか出来なかった。
私が少し落ち着いたところで、私がいた世界の事について聞いてきたので、答えられる範囲でと言うことで質疑応答の形にしてもらった。 私はなんでも知ってる人間じゃない。 元々はただのオタク寄りの女子大生だったもの。
「魔法の無い世界、ですか。 魔法に慣れてしまっている僕達からしてみたら、想像しがたい世界ですね。」
「でもない欠点を補うのは人間らしいわよね。 この世界にも馬車はあるけど、もっと速いものを産み出してるし、鉄の塊を使って空も飛べちゃう! 機械って言うのも、自然の力で動かせるんでしょ?」
「なんだかこんな話ですみません。 本当はもっと色々と知りたいのでしょうけれど。」
「あら、話を聞いているだけでも結構面白いものよ? そんな世界があるなんて知らなかったんだもの。」
そんな会話を繰り広げていると、ふと玄関のドアが開いた音がした。 そしてリビングに入ってくる1人の男性。 マウスレッドさんが歳を取ったような風貌の人物を見て、すぐにマウスレッドさんのお父さんだということを認知した。
「あれ? 父さんもう帰ってこれたの?」
「ああ、思ったよりも早く事がついてね。 やはり魔法使い同士は、見ている観点が全員ずれているので、意外なアイデアがあって楽しいものだ。」
「それならお夕飯の用意をしなくっちゃ。 もう少し遅くなると思っていたからまだ準備できていないのよ。」
「そんなに急く必要はないよカレト。 いつも通りにやっておくれ。」
「父さん。 彼女は本日の召喚にて呼ばれた、転移者です。」
「は、初めましてホノカと申します。」
唐突に紹介されたので、席を立って頭を下げる。 するとお父さんの方もカレトさんやルビルタさんのように、私を値踏みするように観察していた。
「これだけの魔力があるなら勇者パーティーに入れてもおかしくはない。 そんな彼女がなぜここに?」
「それはあの馬鹿王子が見る目が無かったのよ。 この子の事を「無能」って言ってね。 しかも性奴隷にしようとしてたのよ? 信じられる?」
「・・・あの親子は力押しで魔王に勝てると思ってらっしゃるようだ。 そんなことだからいつまでも平和は訪れないのだ。」
どうやら元々からあの王様達は信頼していなかったようで、呆れた声を出していた。 そしてこれまた私の手を取ってきた。
「初めましてお嬢さん。 私はこの家の大黒柱のガネッシュというものだ。 分からないことがあれば聞いてくれ。 私も君を歓迎しよう。」
こうして魔術師様の家族と会って、私は正式にこの家の家族として迎え入れられたようだった。