平和な街では必ず
この世界に来て白魔法の勉強をしているうちにどんどん時間は過ぎていくもので、早くも1ヶ月が過ぎようとしていた。 とは言ってもこれは私の感覚上の問題で、実際にはどれだけの時間が過ぎたか分からない。 私はこの世界に来て、太陽と月をそれぞれ30回ずつ見た、と言うだけの話。 信憑性は皆無。 でも元の世界の感覚だけは残しておきたいと思ったら、これしか今は無かった。
「・・・元の世界に戻りたい・・・か・・・」
カレトさんが言っていた言葉が未だに離れない。 いや、離したく無いのだろう。 私にとってもこの問題は重大で、この世界で生きていくしかないのか、それとも前の魔法なんて存在世界で平和にのうのうと生きるのか。 何時か訪れる回答を何時導くのか。 私の中での問題の1つになっていた。
「・・・はぁ。 行き詰まってきたかな・・・」
部屋の中で描いていてもアイデアなど浮かんでこないと外の木こりを椅子代わりにしていたのだけれど、なかなか上手く描けなくなっていた。 ちなみに私の回りは今白魔法の1つである無風状態のドームを作る「ウインドナイツ」を発動しているので、下に落ちている没の絵が描かれている紙が飛んでいくことはまず無い。
「籠っていても良いアイデアは降りてこないか。 ・・・「上塗りされた記憶を解いて イレイサー」。」
そう唱えて描いていた全ての絵が消える。 紙は無駄にならず、再使用も可能なところは評価出来るのだけれど、消えるのがあまりにも一瞬の出来事なので、心残り云々等は毛頭消えてしまうのだ。
「ルビルタさん。 少し街に行ってきます。 夕方までには帰りますので。」
「うん? ああ、行ってらっしゃい。」
今日のお留守番はルビルタさんだったので声をかけてから街に出かける。 ちゃんとスケッチ出来るように紙と筆も用意した。 私は基本的に鉛筆デッサンをやるのだけれど、たまに色彩も欲しくなる時があるので、アイデアついでに色鉛筆でも絵の具でも買っていこうかと考えた。
この世界に来てから何度も訪れている街だが、街の雰囲気や賑わいは変わらない。 平和と言われればそうだろうし、代わり映えの無いと言われてもしょうがないのだろう。
「お、ホノカさん。 今日は1人でお出かけかい?」
「ええ。 ちょっと気分転換に。」
「おや、ホノカさん。 こんにちは。」
「こんにちは。 あまり無理は為さらずに。」
「ホノカお姉ちゃん! また絵を見せて!」
「うん。 でも今は出来ないからまた今度ね。」
私もこの街にはすっかり慣れたようで、お店の店主の方からお婆さん、小さな女の子と、老若男女に声をかけられるようになった。 当然ながらそれが嫌だとは思わない。 むしろ認識されているということに関して喜びも大きい。 それだけに帰ることになった時に、私の感情はどうなってしまうのだろうか。 それが怖くなったりもした。
そんな何時の話かも分からない事を考えるよりも先に、目的のお店に到着していた。 場所は何てことの無い雑貨店だけど、鉛筆やらちょっとした小物などを売っていることもあって、私も利用することが多くなっていった。 そしてお目当てのものがないかとちょっとずつ顔を出していた。
「うーん・・・やっぱりまだ・・・ あ、この置物は使えるかも・・・」
「いらっしゃいませ、ホノカさん。」
私が物色していると、お店の奥から細身の男性が現れる。 この人も魔法使いの1人で小物細工に魔法を用いている部分があるのだそう。 ちなみに家族経営でその店長さんにあたる。
「こんにちは。 やっぱり今日も?」
「入荷は叶わなかったよ。 需要が0ではないだけに、なかなか入荷しづらくてね。 うちみたいな小規模な店は後回しになる。 それで在庫が無くなるのが今の現状さ。」
そう店長さんと語ったのは私自身が定期的に訪れては頼んでいる品物、色鉛筆についての事。 削った木の中に亜鉛を固めて入れる技術のある鉛筆とは違い、中に色のついたものを入れるのはあまり出来る人がいなくて、本数も限られているので、希少価値は高いとの事。 それを知った上で頼んでいるので、無いものはないと割り切れる。
「すいません無理を強要するようで。 あ、この置物を下さい。」
「いやいや、同じ魔法使いでもホノカさんは聞けば白魔法使い。 そのような方がいるだけでも、この街の誇りとも言えます。」
そう言われながら私は買った置物を持ちながらお店を後にする。 置物は絵描きの材料になるし、付与魔法の媒体にもなる。 後者に関してはお店の人には申し訳ない気持ちになるけれど。
「誇り・・・」
そう言われても私には全くそうには思えなかった。 確かに白魔法使いは希少だし、そもそも知らない人が多いのも聞いた。 私がそうだと言っても、本来ならば信じてくれる人など絶対にいなかったことだろう。 これもマウスレッドさんたちの人望と言うことだろうか?
「後は・・・どうしようかな?」
気分転換にと出たは良いものの、結局なにをすればいいか、どこに行けば良いか、あまりにも無計画なお出掛けになってしまいそうになっていた。 そしてそんな中で流れるように人混みの中に入ってしまう。 もみくちゃにされるほどではないとは言え人混みは人混み。 すれ違いに人とぶつからないようにするだけでも一苦労する。
そんな時にふとある光景が目の前に入ってきた。 それは髪が紫色の男がすれ違いで女性から半身を避けた際に、女性の持っていた鞄の中からあるものを抜き出している様子だった。 持っていたのは恐らく財布。 つまり私はすりの現場を見たのだ。 これだけの人混みなので、そう言った行為をやりやすいのかもしれない。 その男を追いかけようとした時に
「・・・あら? お財布が・・・?」
女性の方が鞄の中にあった財布が無くなっていることに気が付き、下を見ている。 そしてすぐに後ろを振り返る。 紫髪の男の人もこのままではまずいと逃げようとしたが、同じ様に先程の女性とすれ違っていた、近くの男の子の腕を強引に掴んで、高々と上げた。
「いってぇ! なにすんだよ!」
「このクソガキ! 人様の財布を盗むとは何事だ!」
「はぁ!? そんなことしてねぇよ!」
「じゃあその袖の下の膨らみはなんだ? 確認してやる!」
そうして出てきたのは先程男が持っていた財布だ。 小銭入れの様な大きさだったので、男の子の袖にも入ったのだろう。
「あ、それ、私の財布。」
「それ見ろ! 人の物を盗むとは、親の顔が見てみたいものだな!」
「知るか! そもそも俺はそんなことしてないぞ!」
「しらばっくれやがって! すぐに衛兵が来るから突き出してやる!」
こんな往来の場所でそんな風に声をあげるので、あれだけ混んでいた人波はその周りだけ避けられるように空間が出来ていた。
私はその男の行動を理解した。 自分が取ったものを他人に、しかも自分よりも弱い子供に対して向けることで、自分の悪事を他人に押し付け、自分は一旦逃れようと言う魂胆だ。 もう少しで衛兵が来てしまう。 そうなれば少なくとも男の子は一時的に身柄を確保される。 そんなことが許されるものかと、私はその空間に入ることにした。
「あのー、ちょっといいですか?」
「あ? なんだ? 女が割って入ってくるんじゃねぇよ。」
「いやいや、流石に子供に対してそんな乱暴に手を出したら駄目ですよ。 それに自分の罪は自分で償わないと。」
その言葉に周囲の人々が男の方を見る。
「そうだ! 魔法使いの姉ちゃんの言う通りだ! 俺はなにもしてないんだ! 他人の財布を盗んだりなんかしない!」
「あぁ!? ふざけたことを抜かすんじゃねえ! 財布はこのガキが忍ばせてたんだから、こいつ以外に誰が盗むんだよ! それに俺がやったような口ぶりをしたがよぉ。 証拠がなけりゃ俺を捕えられないんだぜ? 俺に対して慰謝料でも払うか?」
「じゃあ証拠を出せればいいんですね?」
男がいぶかしげな表情をしているのを尻目に私は手のひらを掲げる。
「「わが視野を投影せよ。 ミバー」。」
そう唱えると私の手のひらからディスプレイのような画面が出てくる。 最初は映像媒体が必要で、鏡や窓なんかを通じて投影する魔法だったけれども、私のイメージとそれを絵として具現化したことによって、出来るようになった、私なりの成長だ。 しかしこれだけではない。
「「記憶を甦らせよ リプライン」」
今度は私がその場面を見た記憶を映像として映し出す。 最初こそ「リプライン」は不発に終わった魔法で、使い勝手の分からない魔法が何故あるのだろうと思った時、「ミバー」を見つけ、この魔法の使い方が分かった。
そしてその紫髪の男が盗み取った瞬間が浮かび出されて、私以外の全員が驚きを隠せなかった。 当然その後の男の子の袖に財布を入れている所も映し出された。
「なっ・・・!? なんだよこれ!? おい! 見るな! その映像を消せ!」
「それだけ慌てるということは認めるということになりますよ? 貴方の行いを。」
「この女ぁ!」
そう私に突っ掛かってきそうになって、私はその気迫に後退りしそうになった時、紫髪の男は数名の別の男性に取り押さえられた。
「なっなにするんだ! 離せ!」
「そうは行かん! 我々の街で悪事を働いたのなら、牢屋に監禁する決まりがある! それに知らなかったとはいえ、魔法使いに手を出そうとした事にも、注意喚起のみでもしておかなければならない!」
「なに!? 本当に魔法使いだっただと!? あんななんの変哲もない田舎娘が!?」
「見た目だけで判断しないことだな。 行くぞ。」
そうしてあっという間に男は連行されていった。 その後に皆が私のもとに寄ってくる。
「ありがとうございます。 財布を取り返してくれて。」
「魔法使いの姉ちゃん! ありがとう!」
「それにしてもそんな魔法があるなんて、知らなかったなぁ。」
私は揉みくちゃにされながらも感謝の言葉や関心の言葉を受けていた。 人の、街のために役立てたのなら、こう言ったことも悪くない。
「ホノカさん、で宜しかったでしょうか?」
そんな中で1人の衛兵の人が私の前に声をかけてきた。
「はい、間違いは無いですが・・・なにか他に御用で?」
「貴方の魔法の素質を改めて見させて貰って、お願いが御座います。 是非我々「街自警団」に入団を考えては貰えないでしょうか?」
そう私は衛兵の人に言われたのだった。
正義のホノカ、出陣しました。




