悲しみは去って、
「幸せになりなさい」
私に切符を渡したその人は祈るように言った。その言葉の本当の意味もきっと知らないまま、私は汽車に揺られている。後ろの席で子どもが泣き喚いている。私は静かに目を閉じた。この旅は長くなるだろうから、今のうちにうたた寝するとしよう。うつらうつら、ゆっくり船を漕ぎながら私は夢を見た。いや、夢ではないのかもしれない。それは過去で、私の現実だった。
与えられず、傷つけられてばかり。抱きしめられたことなんてなかった。そんな理不尽で冷たい世界に反撃するチャンスすらもらえず、自分より力の強いものに潰されて終わり。オブラートに包んでみたが、これが私の人生でありその結末だった。
最悪な目覚めに、私は顔を顰める。けれど、幸なことにこの汽車の中は安全だ。数人いる乗客は誰も私を傷つけようとしないし、この席は確かに私の居場所で、私の手に握られている切符は先があることを保証してくれている。窓のカーテンを少し開けてみた。何も見えない、真っ暗な空間が広がっている。このまますぐ来世に辿り着くとも思えないし、所謂天国のようなところに行くのだろうか。斜め前に座っている女の子はつまらなそうに紙に絵を描いていた。振り返ると、先ほどまで泣いていた子どもは大きな口を開けて寝ている。私はホッと息をついた。
「乗客の皆さまにお知らせいたします。まもなく、窓から沢山の流れ星がご覧になれます。カーテンを開いて、景色をお楽しみください」
暫くして、優しい声が車内に響いた。あちこちからカーテンを引く音が聞こえた。私もみんなに倣い窓に顔を押し付けた。真っ暗だったはずの景色は星が無数に輝く夜空へと変わっている。
「わぁ…!」
誰かの声が聞こえた。たくさんの星が真っ白な線となって降りそそぐ。これまでを慰めているようにも、これからを祝福されているようにも感じた。そんな美しく幻想的な景色を前に歓声を上げる乗客の殆どが私より小さな子ども達だった。みんな、私と同じ境遇なのだろう。大切にされずに理不尽に傷つけられてばかりだった私たちが、幸せになれなかった私たちが、今度こそ幸せになれますように。流れ星は無数に流れているけれど、私の願いは一つだけだった。星が流れるだけ、悲しみが消えていく気がした。それでいい。こんな思い出は忘れてしまうのが1番いい。
汽車は私たちを終わりから新しい始まりへと運んでいく。優しい微睡の中で私はゆっくりと目を閉じた。次はきっと、素敵な夢が見られそうだ。