006 僕の理由
アレクは無数のパターンに見える様々な石片が敷き詰められた石畳の上を駆ける。
それもよくよく観察すれば何パターンかの見た目を切って貼り付けたものであったし、地面の歪なでこぼこも移動する際の障害にならないよう、内部データがアスファルトに近いデータで構成されているため移動は快適だ。
ゲームに人一倍思い入れのあるアレクはそれを察して心底感心し、時折立ち止まっては異国情緒あふれる中世エイシアの街並みを観察した。
現実世界のエイシア連邦は数百年前は数々の小国であり、戦乱と混乱の渦に飲まれていた中世。
人々は石と木、煉瓦を組み合わせた素朴な建築物に住まい、時には鉄の装備に身を包んで戦争へと繰り出した。
そこにゲームファンタジーのような便利な魔法はなく、容姿端麗な森の民や髭をたたえた小人などの民族は存在しない。
生活水準も現代に比べて信じられないほど低く、不衛生により発生した疫病でバタバタと死んでいた時代。
それに比べてこのエンゲイト・オンラインの世界は中世風テーマパークのように清潔で、安心できる世界のようだ。
「まあ、過剰にリアル寄りに作り込んで喜ぶのは相当なマニアだけだけどね……」
アレクが誰に言うでもなく言葉を漏らした。
彼が今までに遊んできた2Dのドット絵や3Dポリゴンで構成されていた「中世風」のゲーム世界はやたらと綺麗で、生活感に乏しかった。
だが、このエンゲイト・オンラインは「汚さ」を不快にならないレベルで描いている。
太陽の日が当たる表通りとは違い、仄暗さがにじみ寄る裏通りにはうらぶれた生活感が染み渡っていた。
世界的に見ても小綺麗な都市が多いアセリエ出身者は同じことを思うだろう。なんというスラム街だ、と。
アレクはそれでもイグニスが居るかもしれないと考え、しばらく裏通りを歩くが前後に動く気配を感じ、オレンジの逆三角形アイコン――中立のNPCを意味する人物をはね除けて表通りに舞い戻った。
テスト時にはレベル上げばかりに追われており、気にすることのなかった裏の世界を垣間見た気がしてアレクは身を震わせる。
そうしている間にも頭上に青色の三角形アイコン。つまり、友好的な一般プレイヤーアイコンを浮かばせる冒険者たちを眺めるが、探している顔はどこにもない。
そこで彼は街の中心にある噴水つきの大広場に設置された掲示板の存在を思い出し、通り過ぎかけていた道を急制動で立ち戻る。
そこは武器屋、防具屋。道具屋や採集屋、仕立て屋などが並ぶ商業エリアで、午前中は朝市が開かれていることを彼は思い返していた。
このゲームは大まかに分けて戦闘・探索・生活という三大コンテンツで成り立っている。
「戦闘」はスキルを駆使し、主にモンスター相手に白熱した戦いを繰り広げるものだ。
身体を動かすのが苦手なプレイヤーもキャラクタースキルにより、歴戦の戦士のように立ち回れるのでフルダイブとはいえ格差がつきにくいように配慮されている。
「探索」は文字通り広大なフィールドやダンジョンで様々なロケーションポイントを発見し、踏破することで自分だけの地図を広げていくというものだ。
現時点で実装されているポイントでも百をゆうに越し、将来的には大陸全てに発見できる箇所を増やすという。
「生活」は採集と生産その他に分かれ、採集はフィールドに自生している作物や薬草、木の伐採や鉱石の採掘で素材アイテムを集めることができる。
生産は採集で得たアイテムを加工し、装備や料理、建築物などを作り出すことができる。
「まずはイグニスの発見だけど、長期化した場合……うーん、やっぱり戦闘かなあ」
アレクは陽気に誘われ、上にぐーっと背伸びをする。漏れ出した欠伸を噛み殺しながらもアクアマリンの瞳は道を行くプレイヤーたちに油断なく向けられていた。
戦闘を選ぼうとしている彼は戦闘狂などではなかったが、それでも勝利を収めた時の高揚感、大敗を喫する惨めさの両方を知っていたためか強くありたいという漠然とした気持ちがあった。
何よりも、現実世界のように虐げられるだけの存在でいたくはなかった。
――力があれば、誰かに虐げられることはない。
アレクは頼りない右手の感触を確かめるように何度か開閉させ、ただ一つの太陽にかざした。光が薄い手を貫通し、電子の血潮を赤く照らし出す。
「それでさー。あのクエストNPCが本当にイケメンなワケよぉ」
「マジ? 今から行ってみない? とゆーか、行こう。行こうっ」
若い女性の二人組が決意を固めるアレクの側を流れていく。
――考えていても仕方ない。まずは掲示板だ。
彼はそう思うと、再び街を歩き出した。
「さてと」
数分後。
遮る物が鐘楼と北に広がる城しかなく、空に落ちていきそうなほどに開かれた広場にアレクは居た。
ここは街路とは違うのか、精密に切り整えられた均一な石がタイルのように敷き詰められている。
青味を帯びたダークグレーの地面には光沢があり、空の色を弾いているようにも見られた。
目的の巨大な掲示板は噴水の脇に設置されており、一度アクセスしてしまえば一定距離は接続が保持されるのか、少し離れた縁石に腰掛けて宙を掻き回したり、緑地で寝転がって眺める者など様々だ。
綺麗に刈り揃えられた芝はプレイヤーたちの憩いの場となっているのか、ゲーム開始から数十分しか経っていないというのに広葉樹の木陰で昼寝をする人間もいる。
アレクは呑気な民衆に呆れ果てながらも掲示板を突き、後続の邪魔にならないよう場所を移動してウインドウを突きはじめた。
――こんな面倒な仕様にしなくても、メニューからアクセスできるようにすればいいのに。
アレクはそこまで心の中で愚痴をこぼしておいて、ふとネットの記事で開発者が「当作はただのゲームではない。実験的な要素を幾つも織り込んでいる」とコメントしていたのを思い出し、これもその一環ではないかと考えた。
便利なものは別の見方をすればデメリットが浮いて出てくる。その逆もまた然りだが、この場を見る限りは開発側の思惑はうまくいっているようだ。
掲示板のプレイヤー間の距離が近いからこそ話しかける切っ掛けが生まれ、それは各所で花を咲かせていた。
それは掲示板を参照した者同士の情報や意見交換だったり、他愛のない日常会話だったり。コミュニティのアクセス箇所を絞ることで接触を増やそうという試みは今のところ成功しているように見られる。
――でも、僕は知らない人とあんなに話はできないだろうしなあ。
アレクは諦めと深い失意を大きく吐き出して、閲覧を続けた。
《すぐにログアウトしろ。魂を喰われるぞ(1》
そうした中、彼の目に物騒なタイトルの記事が目に留まる。
相次ぐ不具合、グレイゴーストの言葉。自身のアバター未適応にログアウト不可な現状……幾つもの不安要素が彼の小さな心臓をぎゅっと握りつぶし、震える手でその文字をタップさせた。
「この記事は存在しません」
だが、そこには世界の秘密が暴かれるようなことはなく、淡々と削除したか「されたか」という事実のみが冷たいシステムメッセージで残されているだけだった。
――やはり目に見えない何かが動いている。早く、イグニスを見つけないと。
テスト時にアレクが抱いていたこの世界への幻想は打ち砕かれ、一刻も早く目標を達成して逃げ帰りたいという思いでキーボードを叩き「この名前に心当たりのある人は連絡ください」と書き込んで投稿ボタンをタップする。
新着一覧の一番上に自分の記事があることを確認して、アレクはその場から立ち去った。




