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059 あの輝きは忘れなかったII

「アレク、見ろ。ブラから溢れんばかりのエイラの胸を。あんな凶悪な物を付けていやがるのに、それでいて絞るところは絞ってる。どういう筋トレをしてやがんだ……っ! ああ、ムラムラするぜぇ!」

「ムラムラするポイントそこ? 僕はみんな可愛い水着つけてて眼福かな。イグニスの白ワンピースなんかはちょっと趣味入ってる気がするけどね。その……ハイカットで身体にフィットしてるから正直……堪らない」


 アレクは欲情しきった雄の顔を隠そうと、口元を手で覆う。

 横に座っていたザイスは「こっちでも相変わらずスケベなのなっ」と豪快に笑い、小さな背中を荒々しい手で強く叩いた。


「やれやれ、若いねぇ」


 ビーチパラソルの下で過激なじゃれ合いをする二人にアルフォンスは目を細め、遠き日の記憶に手を伸ばしかける。

 だが、それは早過ぎる行為だった。

 彼は過去を振り返るのは現実が満たされてからで良いと手を下ろす。

 その先では婚約を考えているユリアスが10代の若者たちに囲われ、年不相応にボール遊びではしゃいでいた。

 この世界が狂い始めてくすんでいた彼女は急激に輝きを取り戻していた。

 彼女たちの若い力が上手く働いたのだろうか。

 常夏のようなこの街が生気を与えてくれたのだろうか。

 推測だけが思考を漂い、水泡のようにぷつりぷつりと消えていく。


「……っ」


 そしてアルフォンスは焼けた砂を踏み散らすと、ユリアスたちの元へ駆けていった。


「お、あのオッサン行動力あるじゃねえか。アレク、お前も行ってきたらどうだ?」

「ごめん……ちょっとあそこがピンチで……」


 アレクは上半身を折り、下腹部が見えないように隠している。


「この世界だとあそこの感触ないだろ? 気にせずに行って来いって!」

「待って待って、まって」


 無理矢理引き起こそうとするザイスに抗うアレク。


「あんだよ。こんなイベント、リアルじゃお目にかかれないだろ? イグニスは肌弱いし、シルヴィアは身体動かせねえし」

「まあ、そうなんだけど……うん」


 アレクはザイスが注目していた少女こそ彼らが探しているシルヴィアだとは言えず、口を気まずそうにモゴモゴと動かした。


「それで、ザイスはどうしてここへ?」


 アレクは真夏のように照りつける太陽から隠れて身体を体操座りに折りたたみ、幼馴染みの大男にたずねる。

 ギルドの代表者たちが迷宮攻略や拠点管理で多忙なのは想像に易しいが、他のメンバーは融通がきくはずだ。

 少数派のクレリックであるキーラは兎も角、同じ近接戦闘職のベルハルトやフォリシアは候補に挙がっていてもおかしくはない。

 特にフォリシアに関してはイグニスに依存しているのではないかと疑いたくなるほどベタベタで、アレクがパーティーを編成していた時も彼女は不満そうに彼を見つめていた。


「それな。ジャンケンで勝っただけだ」

「そうなの?」


 思考渦めくアレクが見えたのか、ザイスは短く息を切ってあっさりと言い捨てる。


「まあ、レックスもここの感触を確かめて良さそうなら時々気分転換に訪れようとか言ってたな。正直、セントリアはごみごみしていて仕方ねえ」


 ザイスは広い背中を砂浜に預けると、手を枕代わりにして目を閉じる。


「それで、報告にあったようにこの世界に二つの大陸があって、最下層のボス撃破という共通した目的があるとしてだぜ」


 彼が目を閉じたまま意識だけをアレクへ持っていき語りかける。


「漫画でいうと何処かでダンジョンは繋がっていて、血で血を洗う抗争の後に過ちに気が付き、互いに協力して最終目標を達成する……とかありがちな展開じゃね?」


 ザイスは目をかっ開き、それをキラキラと輝かせながらアレクへ言う。

 この大男は幼少期に漫画の影響で筋力トレーニングに目覚め、その結果として16歳とは思えないほどの肉体を得た。

 筋肉と同じくらい漫画を愛し、特に少年漫画の影響を受けたと思われる言動も数多くある。


「血で血を、ね……考えたくはないかな」


 そう呟くアレクの姿にザイスは思わず息を飲んだ。

 穏やかな言葉とは裏腹に一筋の赤い狂気が走っていたからだ。

 イグニスから聞いたPKとの戦闘の様子。その日から変わってしまったアレクの生活。

 ザイスの中でアレクはいつまでも大人しく、可愛い弟分であったため、この変化は見逃せなかった。

 道を(たが)えばこの少年は闇に堕ちていくと。


「そのあたりどういう仕様なんだろうね。何百ページもある電子マニュアル読む気にはなれないし、ジルヴァラが居ればすぐに答えてくれるのにね。やあ、ジルヴァラ。今日の天気を教えて」


 アレクは自分でも感情を出しすぎたと思ったのか、いつものおどけた様子でセントリアに居る筈のジルヴァラを呼んでみた。


「しばらく後に通り雨が来ます。数分でおさまるでしょう。はあ、アレク……重々申している筈です。私は旧世代AIではなく――」


 降って湧いたか、地から這い出てきたか定かではないがアレクの真後ろからジルヴァラの透き通った声が響いてきた。


「い、居たの?」

「ええ。意識の何パーセントかは常に貴方の側にありますから、会話や視野の共有はできていますよ」

「じゃあ、イグニスとのあんなことや……」

「こんなことも知っていますよ。同タイトルは15歳以上推奨ですので、性欲に関するフィルターはかなり厚い筈なのですが、貴方がたは本当に興味深い」

「ああぁ……」


 アレクが額を膝に当て、羞恥心に沈められていく。

 ザイスは突然現れたジルヴァラに動じることなく、どこか安心した面持ちで初心な少年を眺めていた。


「……じゃあ、さっきのことなんだけど」


 顔を伏せたままのアレクから響いてくる言葉にジルヴァラは瞬きを何度かし「迷宮についてですが」と砂の上に正座したまま静かに語り出す。


「回答箇所に所謂(いわゆる)『ネタバレ』を含む可能性があります。申しても宜しいでしょうか?」

「うん、聞かせて。ジルヴァラの話は長くなりがちだから短くね」

「……頬でもつねってやりたいところですが、いいでしょう。弊社の計画では1.0の段階では他大陸の存在は明らかにはされず、同一のサーバーでありながら雰囲気の多少異なるワールドでプレイヤーたちを遊ばせる予定でした。明確なアナウンスはせずに推測を飛び交わせながらネットでこの実験的な世界の存在を匂わせるという試みで、後に追加される予定だったサーバーでは勢力の選択ができる通常仕様のものも考えられていました」


 ジルヴァラは決して言い淀むことはなく、淡々と、だが制作者の感情が仄かに点る口調で語り続ける。


「2.0でメインストーリーを語る大量のクエストNPCを実装し、この世界の三大陸、ワールドマップのほぼ全域を解放しました」

「待って。三つ……? 二つ、ではなくて?」

「はい。今私たちが居る『西大陸』と『東大陸』それに『旧大陸』があります」

「お、旧大陸? 聞き慣れないワードが出てきたぜ?」


 ザイスが煌めきを忘れない幼子のような瞳をし、腹筋を使って上半身を起こした。


「それを私の口からお伝えするのは弊社のシナリオライターが泣きますので、メインシナリオを進行してお確かめください。さて、これからが肝心なところです。それぞれの首都にある迷宮最深層のボスモンスターを撃破すると旧大陸へのワープゲートが開放されます。旧大陸では貴重な資源が豊富に眠るため大陸間での戦争が勃発し、このゲートを先に確保した勢力が戦略的優位に立てる――というものでした」

「それはあの男たちのハッキングにより書き換えられた」

「ええ」


 言葉を繋いだアレクに大きく頷くジルヴァラ。


「でもよお、最近は情報の小出しが当たり前の世の中だろ? なんで実装寸前まで隠しておいたんだよ」


 腑に落ちない様子のザイスが唸るように言う。

 当初の発表では従来のMMORPGをベースにした自由度の高いゲーム、とまでしか語られていなかったため、多くのプレイヤーにとって今回のアップデートは寝耳に水だった。

 これにより好戦的な者の目が外へ向いてくれることをアレクは祈るばかりだったが、いくら矛先を変えようがその先にいるのは人間だと考えをすぐに改める。


「本作は実験的な作品ですので、従来とは一線を画すものにしたかったのです。弊社は、私たちは現代社会に生きる人々の心の糧となればと思いましたのに、このようなことに……」


 体温を持たない白銀のようなジルヴァラから熱い感情がぽとりとこぼれ落ちる。

 アレクたちは表にこそ現わさなかったが、彼女に心から同情していた。

 だが、それを口に出すことは何故だか(はばか)られた。


「あと、アップデートで大きな『穴』が空いたと思うんだけど、外から何か見えた?」

「これは驚きました。そこまで私のことを理解しているとは」


 アレクの声にジルヴァラが僅かに揺らぐ。

 彼には今回のアップデートがどの程度の容量かは分からなかったが、接続者が居ながらにしてプログラムを書き換えるなど聞いたことがなく、もし技術的に可能だとしても大きな隙を作るものだと考えていた。

 彼女が返した言葉から察するに何かを掴んでいるようだが、視線を宙に迷わせ口を噛んでいたのでアレクは自分たちに考慮しているものだと思い「じゃあ聞くけど」と口火を切る。


「現実世界の僕たちの身体はどうなっているの?」

「多くは生命維持装置のある病院に収容されていて無事ですが……」

「多くは、か……」


 ジルヴァラにザイスが言葉を吐き捨てる。


「次に。この件への対策はどうなっているの?」

「強制切断をすれば七割が脳死する今件を『ダンジョンマスター事件』とし、エイシア・アセリエ・アルカディアを主とする対策本部が一部の人間をモニタリングしデータを収集。弊社のスタッフや専門家と会議を重ね、交渉の視野に入れて解決への糸口を探っているようですが、進捗は芳しくないようです」

「ケッ、大方『こんな非生産的なゲームにはまり込む人間なんざ死んでも構わない』ってか?」

「ザイスっ!」


 腐るザイスに滅多なことでは感情を荒げないアレクが怒鳴る。

 それは言った本人も、この世界を生きようと手を取り合う仲間たちをも冒涜する発言だった。


 こうして寛いでいるように見えても心は確実に疲弊していた。

 一見平穏そうな世界でも少し道を外れれば死が彼らを覗き見ている。そんなところで正気を保つには自らが狂うことだ。

 この世界の住人になりきり、ゲーム内の自分を現実と置き換えることで心の安定を図る。


「……すまねえ」


 先ほどの失言に頭を下げるザイスも日々の重圧から頭が重たくなる一方だった。

 表では強がっていても内面はまだ少年だ。いくら鍛錬を重ねようとも齢わずかな彼が内面を磨くには(いささ)か時が足りない。


――オレはこんなだけどよ。


 自らの自虐で濁ってしまった瞳を手で擦りながらザイスが心でアレクに問いかける。


――お前はなんでそんなに冷静で居られるんだ?


 幾多のも悲哀(ひあい)を越えてもなお曲がらないアレク。

 そんな彼はあのイグニスと契りを結んで夫婦のように同棲し、日々を賑やかに過ごしている。

 仮想世界だから、本当の世界じゃないから。

 そんな理屈は、古臭いルールは何処にも存在せず、彼らは自らの想いに忠実に生きていた。


「はー……ははっ、はははは」


 そんな世界を最近まで知らなかったザイスは大きく息を吐き、笑い出す。


――いや、違うな。コイツも、オレも世界にとっては歪なんだ。


 目の端に涙を浮かべ、何かを諦めたかのように大笑いするザイスをアレクは(いぶか)しんだ。

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