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057 ブランニューワールドV

 トリエラは朗らかな性格の少女だった。

 筆談という形でも表情を伝えることを疎かにせずにアレクたちの発言にも大きな反応をし、時折イグニスの身体にボディタッチをする。

 思春期なアレクとしては同性とはいえ、身体に触ったりするのはお国柄とはいっても倫理的によろしくない扉の門を叩いている気がして終始悶々としていた。

 慎ましやかなアセリエの民であるイグニスだが、トリエラのしつこくなく、それでいて存在を大切に思ってくれているような絶妙なテクニックにすっかり心を許したようで今は言葉をあまり必要としないカードゲームに笑顔で興じている。


 そんな異国の少女と出会ってから一時間半が経とうとしていた。

 引っ越し作業は既に終え、乗馬同好会は一旦パーティーを離れてフィールドの開拓にあたると言い、今は別行動をしている。

 残された団員たちは造船関係の情報をメインに探っており、アレクとイグニスがトリエラの保護を続けていた。


『アレク。報告は受け取った。迷宮の件も条件がどうなっているのかは気になるが、NPCが敵と判断しているならその子は一刻も早く元の国に帰してあげるべきだ。俺もそちらに行きたい。しかし、奴ら迷宮攻略組に本格的に参加させたいのかしつこくてな。野営用品などの支援物資をフクロウ便で送ったのでそれで当面凌いでくれ。また手が空いたら連絡する。それまで彼女から話を聞いておくように』


 レックスからの最後のメッセージを受け取ったのは数十分前。

 「フクロウ便」は手数料が高いがダンジョン以外の遠く離れたプレイヤーにアイテムなどを送ることが出来る便利なサービスだ。


「ホーウ、ホッホーウ」


 少年がまだかまだかと空を見上げているとフクロウの鳴き声が聞こえてきた。

 そしてアレク目掛けて高高度から投下される荷物を彼は華麗にキャッチしようとするが、タイミングを見誤って顔面に荷物を受けてしまう。


「――! ――!」


 休憩を終えてイグニスと情報交換をしていたトリエラがアレクを指さして細い腹を抱え笑っていた。


「あはは、トリエラ笑い過ぎ。それでアレク、何が入ってた?」

「ちょっと待ってね。えーと……中サイズのテントが一組、干し肉とパン、飲料水が大量。他は筆談グッズとか女の子用の水着とかかな。えっ、水着?」


 荷包みはデータとしてアレクに吸収され、インベントリウインドウを操作して確認していた彼の視界の片隅にそれはあった。

 赤いビキニアイコンには疑問符が付いており、名前は「未知の衣服」とある。

 その横に手紙のような物を見つけ、彼はそれを開いた。


『どうもどうもミアです。私の可愛い子羊ちゃんたちをよくもまあ、平然とした顔で――いえ、ハーレムを形成しやがったアレク隊長殿、進捗はいかがでしょうか。同封したテントは貴方は入れませんので、どうか存分に雨露に濡れてください。それはそれとして、天然の砂浜があると聞きましたので、水着を女の子たちの人数分送りました。中身はランダムです。誰かに写真撮影を頼んで私の目の保養とさせて下さい。貴方自身が撮影者になってはダメですからね! では、また』


 テキストを読み終わり、表情豊かな百合属性のミアの顔がアレクの脳裏にふわりと浮かんで消えていく。

 彼はちょっと照れた様子で人数分の水着をイグニスに手渡すと「ミアから。後で配っておいてくれないかな。任務が一息ついたら少し遊んでもいいんじゃない」と歯切れが悪く伝える。

 未鑑定の水着が入れられた袋を受け取ったイグニスは「アレクは見たいの……? 私の水着姿……」と視線を落とし、持っていた未鑑定袋をぎゅっと抱きしめる。


「見たいよ。そっ、その……付き合ってる子なんだしさ」

「そ、そう……」


 付き合い始めてまだ数週間。二人はぎこちない言葉を重ねながらもじっと見つめ合っていた。

 その横でトリエラがニヤニヤとボード片手を片手で持ち、意地悪そうに微笑んでいる。


「二人は付き合い始めてどれ位? 出会いは? どこまでやった?」


 そこには質問の数々が書かれており、我に返ったアレクたちを襲う。

 最後の質問が刺激的だったのだろうか。イグニスは耳たぶまで顔を紅く染めて両手で顔を隠してしまう。

 アレクはアレクで思春期の男子特有の果てしなき欲望がマスキングの限界を越えてあったので、得体の知れない物が表情を現わしているようで身悶える。


「ははっ、ごめんごめん。からかいすぎたよ。でも、アレがVRでもできるようになったらいいのにね。そしたら、色々な人と仲良くなれるのに」


 性に関してオープンなお国柄のトリエラは曇りなき眼で平然と書いてみせる。

 対して慎ましいアセリエ人の二人は完全に忘れかけていた感情に火をつけられ、火消しに必死だった。




 その後、アレクたち泉のほとりにテントを設置し、拾ってきた落ち枝でテントの周囲を覆って気持ちだけ擬装をする。


「よし、これなら空からの偵察にも大丈夫かな」


 アレクが手をパンパンと払いながら言う。

 そもそもこの周辺には背の高い広葉樹が鬱蒼(うっそう)と生い茂っているのでこのようなことはせずとも大丈夫なのだが、徹底的にやりたかった彼は止まらなかった。

 質感以外は現実にもありそうな二本のポールで支えるテントは三、四人程度は入れる広さがあり、中には灰色のフォールディングベッドが三つ設置されていた。

 アレクたちは靴を履いたまま中へ入り、ベッドに腰掛けて保存食で昼食とする。

 彼は食事中、干し肉を唾液で湿らせて噛んでいる間、パーティーチャットで街中に居るメンバーたちと連絡を取っていた。

 パーティー用リンクシェルを使っても良いのだが、ログが残るテキストチャットのほうが良いと思い、変に指へのフィードバックが実装されたキーボードを叩いていく。


『こっちは大体の情報収集が完了した。彼女はこの大陸の東にある所から船で来たらしい前々からこういうアップデートを予想して準備していて、調査に来たんだって。肝心の船は街の自動砲台で撃沈されちゃったみたいで大陸間はファストトラベルが使えないみたい。それで、そっちは?』


 彼はそれを送信し、口を動かしながらメッセージウインドウを凝視する。

 するとすぐに返信があった。エイラからだ。


『アルフォンスさんたちの引っ越しは完了して、造船所の建築を開始しておいたのだ。NPCの人口が少ないから三日はかかるってさ。郊外に農場とかあれば食料が供給できて人口伸ばせるのにねえー』

『うん、まあそれはうちだけじゃどうにもならないから放っておくとして、船舶建造について何か分かった?』

『今の街のレベルだと造船所で造れるのは小型の三つ。砲門が多くある戦闘用と船倉重視の交易用。それに速度の速い冒険用。組み立てはNPCがやって材料は投入してもいいし、現金払いしてもいいみたいだけど割高だなー』

『そっか。じゃあ、皆で三日の間にできるだけ材料集めよう』

『そう言うと思ってギルドに纏まった量の布と鉄材を発注しておいたのだ。そのうち届くと思うよ』

『分かった。じゃあ、後は木材だね。アルフォンスさんのお手並み拝見といこうか』

『あいあい。あたしのほうから話は進めておくよ。ギルドにはアレクのほうから改めて報告しておいてね』

『了解。じゃあ、また後で』


 続いてタブを切り替えて荷物の礼とギルドへの経過報告をキーボードで打っていたアレクはじわりと滲み出る肉の凝縮されたうま味を楽しみつつゆっくりと飲み込む。

 簡潔な文章になってしまったが十分意味は通じただろうと彼は凝り固まった肩を回して反応を待つ。

 取り込み中なのだろうか。しばらく待ったがレックスからの反応は無く、代わりにフォリシアからの返信があった。


『今迷宮。ここ最悪、早く帰ってお風呂に入りたい……』


 急いでタイプしたと思われる彼女の片言ぶりにアレクはクスリと息を漏らしたが、騎士団が迷宮攻略に動員されたことを知り、とうとうこの日が来たかとかつての安穏の日々を懐かしむ。


「フォリもレックスも……皆無事だといいけど」


 チャットウインドウを眺めていたイグニスが祈るように言う。


「大丈夫。安全は十二分に考慮しているみたいだし、うちのギルドから脱落者が出るとは考えられないよ。仲間を信じよう」

「うん」


 アレクは昔から自分には自信が持てないが、彼を取り巻く人々への信頼の厚さや底知れないものがある。

 彼らを熟知し、冷静なる判断の元導き出した答えだが、それが外れることはなかった。

 ただ一人。あの日にギルドを、そしてアレクを裏切った青髪の剣士を除いては。


「ノエル……」


 彼はその名前を誰にも聞かれないように呟き、誰にも悟られることのないように憎悪と微かな希望が入り混じる瞳を閉じた。

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