045 歩みを止めないで
あの農場の一戦から数日が過ぎていた。
オルレアンの騎士団は拠点を運用するライトナイツの要請を請け、資材調達や運搬などでギルドは慌ただしく、傷心のうちにあるアレクも淡々と自分の仕事をこなしている。
だが、幼馴染みたちには彼が淀んだ目で世界を見つめていることを案じていた。
「アイツのことはもう気にすんなって。俺たちが居るじゃねぇか」
ザイスが農場への荷物を下ろしながら覇気のないアレクに言う。
「そうですよ。ぼくたちの為にも元気を出してください」
キーラが細い身体で自分より大きな木製コンテナを持って声を震わせながらそれに続く。
だが、当の本人は「ああ……うん」と抑揚のない声で返し、作業を続けていた。
そんな気の抜けた少年にザイスたちは顔を見合わせ、頭を横に振るのだった。
「ほらっ、グスグズしないでさっさと運びな」
「ええと~これをあっちに……? それで、それで~」
正午前から予約が詰まっていた大衆食堂「銀の葉亭」では店主のサラが凄まじい速度で料理を作り上げていた。
料理が盛られた器をウェイトレスのヤナが慌てふためきながらテーブルへ次々と置いていく。
「20分前。そろそろ最初の団体さんが来るはずだよ、準備急いで」
「は、はぁい……」
かつて経験したことのない激しい業務にヤナは目をぐるぐると回す思いでセッティングを進める。
「ごめんね、サラ。忙しいのに厨房貸してもらって」
「いいんだよ。その料理はアレクの為なんだろ? 上手くやりなよ」
肩幅の広い店主は豪快に笑いながらイグニスの背中を平手で叩く。
程なくして入口扉から吊るしていたカウベルがカランカランという音を奏で、来客があることを知らせた。
「いらっしゃいませ~って、レックスとキーラじゃない」
そこにはこの店の常連であるオルレアンの騎士団の二人の姿があった。
予約は今日の21時からだと記憶していたウェイトレスは、繰り返し使えるわら半紙のメモを取り出して確認するが、やはり彼らの来店は夜からになっていた。
「ああ、アンタたちね。モノは出来ているよ」
サラが木で編まれたランチボックスを二つカウンターテーブルに置き、彼らに中身を確認して持っていくように言うと作業を再開した。
「サラ、ありがとう」
彼らはそれぞれ目的の物を手に入れ、サラやヤナに手短に挨拶を済ませてから邪魔にならないように足早に去っていく。
丁度準備の終わったイグニスも頭を垂れ、二人の後を追った。
「では皆、自然にな」
店を出、今回の発案者であるレックスが二人を見やり、片手でそれぞれの肩を軽く叩いてみせた。
拠点戦以降元気のないアレクや心ここにあらずといったノーラ、それに表情を曇らせることが多くなったフォリシア。
年長者のレックスは彼らのケアを早急にやらねばならないと思案した。
改築が終わり、より一層大きくなった事務所で彼は一人一人を呼び出してカウンセリングの真似事をしようかとも考えたが、すんでのところで踏みとどまる。
彼ら、彼女らの性格を考えるとそのようなことをしても無理に作り笑いを浮かべて何もないように振る舞う可能性があったからだ。
そこでレックスは食事時を利用して自身はノーラを。アレクにはイグニスを、フォリシアには彼女を姉と慕うキーラを宛がって溜まっているものを少しでも吐き出せればと画策する。
「うん。出来るだけのことはしてみる」
「フォリシア姉さんのために頑張ります!」
肩に力が入りっぱなしだったキーラが鼻息荒く言うものだから、イグニスは苦笑いを浮かべながら「自然体でいいんだよ。フォリをよろしくね」と彼女の身体を軽く抱きしめた。
「はっ、はいぃ!」
彼女は黄金色の大きな瞳をより一層煌めかせ、強張った表情でぎこちなくギルド事務所のほうへ歩き出す。
「さて、イグニスの待ち合わせは中央大橋だったか。途中まで一緒に行こう」
「うん」
そうして二人は歩き出す。
ゲームが始まって一ヶ月と少ししか経っていないというのに、街は目まぐるしく成長を続けていた。
食品店には豊富な食材が並び、嗜好品の類も数え切れないくらい出回っている。
武具屋では鋼鉄製の丈夫な装備が並べられ、性能的にはハンドメイドにはやや劣るが誰もが買い求めやすい価格だ。
新規流入がゼロではあったが、情報やシステムの両方で初心者に優しい世界になりつつある。
これもオルレアンを含む先人たちが道を切り開いてきた結果で、戦闘が苦手でこれまで冒険を嫌厭していた層が育ちつつあるので大きな成果と言える。
空き地だらけだった区画も手が入り、NPC向けの建物やプレイヤーが所有できる施設なども急ピッチで建築が進められている。
「この辺りも大分変わったよね。先月までは何もなかったのに」
「ああ。これからも変わり続けるのだろうな」
そして二人は十字路に差し掛かる。
だが、イグニスが物言いたげにしているのを察したレックスは歩みを緩めて「どうかしたか?」と言葉で開きかけていた唇を突く。
「気を悪くしてほしくないんだけど……今のギルドに私は相応しくない。あっ、副マスターにって意味ね。何というか、私は子どもっぽくて包容力とかないから、レックスの負担を肩代わりしてあげられないと思うんだ」
思い詰めていたイグニスが言葉の堰を切って語る。
「そんなことはない。君は頭の回転が速いし、人の気持ちになって物事を考えられる子だ。だから俺だって何度助けられたことか」
レックスは離れていくイグニスを繋ぎ止めようとするが、彼女は静かに頭を振るって「ううん、もっと歳を重ねた人生経験のある人が適任だと思うよ」と優しく手を放した。
「そうだね……本人に言わないで欲しいんだけど、ノーラとかどう? アバターは小さな女の子だけど、実際は結構なお姉さんだと思うんだ。私たちも色々助けられているんだよ」
イグニスはそう言うと「そろそろ行くね」と片手を挙げて十字路を北へと行く。
「ノーラか……」
一人残されたレックスはこれから会う少女の名を呟き、思いを胸に秘めて道を行くのだった。




