039 マール農場拠点戦IV
「くそっ、無駄に硬いんだよっ!」
NPCの敵重装歩兵と交戦中だった剣使いが敵目掛けてロングソードを振り落とすが、敵の片手剣に拒まれてしまう。
鋼と鋼が互いを食い破らんとばかりに派手に赤い火花を撒き散らしていた。
その隙に乗じて槍使いが後ろへと素早く飛び退くと、スピアスキルの「チャージ」を発動させた。
彼は後ろにロングスピアを構えて身を低くし、地面を滑るようにして一気に間合いを詰める。
そして加速力を槍に込め、必殺の一突きを敵に放った。
その威力はプレートカテゴリの装備であったとしても容易く貫通することができるほどなのだが、敵の持つ分厚い鋼鉄層を突破することはできず、大きなへこみを作り出しただけだった。
二人は攻撃後の払い除けを警戒し、大きく後ろに飛び退く。未だに敵のHPは5割も残っており、相次ぐスキルの使用でMPを多く消費していた彼らの呼吸は乱れつつあった。
「どうする。降参でもするか?」
剣使いが敵を見据えたまま横に立つ槍使いに聞いた。
「いい案だな。だけど、俺は情けなく殺されるのは御免だぜ」
「そうだな」
二人は軽口を叩きながら心の奥底で顔を覗かせる恐怖と戦っていた。
赤い信号弾を見てからそれはより一層強いものと変わり、皆が一斉に背を向けて逃げ出す未来も想像した。だが、それで果たして何人助かるのか――不安は尽きない。
「だけどな。皆で生き残れる可能性が少しでもあるなら、それに賭けてみないか?」
「何を言っているんだよ。奇跡でも起きない限り無理だろ」
剣と大盾を構えてじわりじわりと迫る重装歩兵。
「奇跡か……そうだな。もし、この戦いが終わって無事に現実世界に生還できたら、俺の妹を紹介してやる」
「可愛いんだろうな?」
「ああ、俺に似ていてな」
二人は軽口を交わし合いながらそれぞれの得物をギュッと強く握りしめていた。
「はっ、それは到底期待できないが……『可能性』を信じてみようじゃないか」
槍使いが姿勢を低くしてチャージの構えをとる。
「生き残るぞ」
剣使いもそれに従うように上段に長剣を構え、敵に斬りかかろうとした。
「はあぁぁぁっ!」
すると、澄んではいるが、力強い一声が少女の姿と共に二人の前方へ吹き抜けていった。
彼女の金色に近いブロンドの髪が後ろへと流れ、小麦色の肌を覆い隠すように白銀鎧を身に纏っていた。
その手には細腕に似つかわしくないほどの大剣が握られている。
身の丈ほどありそうで直線的なスタイルと横に突き出した柄を持つ剣はクレイモアと呼ばれ、質量と速度に任せて標的を叩き斬ったり、長身を武器に突き刺したりすることを目的に作られた両手剣だ。
生半可な筋力値では持ち上げることさえ叶わない巨大な剣を小麦色の少女はまるで木の枝のように軽々と扱い、下から一気に振り上げ、大盾を醜く歪ませる。
彼女は柄を保持したまま重量と加速度で浮き上がりかけていた身体を宙に踊らせ、もはや世の物理法則から解放されたかのように「空中」で力を込めて唐竹割りをするように敵の頭に大剣を振り落とす。
目にも留まらぬ連撃で兜を砕き、金属の鎧は金切り声を上げて火花を散らした。
彼女は止まることなく刃を地面ギリギリの位置で引くと、遠心力を保ちながら更に回し斬りを繰り出した。
「すげえ……」
大剣を踊るように次々と繰り出す見知らぬ少女を男性たちは呆然と見つめていた。
フォリシアの繰り出す斬撃はどれもが必殺の一撃に相当し、無尽蔵にあるかと思われた敵のHPを着実に削り取っていく。
激しい動きにも関わらず、彼女は表情を何一つ変えることはない。反撃の糸口を少しも掴ませない隙のない強烈な攻撃の数々は敵の大盾を吹き飛ばすまでに至る。
握りつぶした紙くずのようにクシャクシャになった金属板は上半分を失い、色彩を失ってデータの海へと還っていく。
それでも敵はHPを2割程度残して健在だった。
フォリシアは魔法やスキルの発動の際にMPとは別途必要になるスタミナを消費しており、後一押しのところでお預けを食い、もどかしい思いをしながら一旦剣を引く。
盾を失った重装歩兵は巨体に似つかわしくない速さで少女に襲いかかり、彼女はその鋭い剣筋の全てを薄紫色の瞳で追いながら回避行動を続けた。
「なんであの子、剣使わないんだ?」
「馬鹿か。あんな重そうな剣、防御で使えるかよ」
剣使いが槍使いの胸を剣の腹で軽く叩いた。
巨大な両手剣は敵の重装甲を削ぐのが主な目的で、その重量ゆえに武器防御には不向きだ。
底を尽きかけているスタミナで「受け流し」スキルを使っていては反撃すらできなくなるので彼女の判断は正しいと言える。
「そこの二人! いつまでも見てないで、少しは手伝ってよ!」
横に薙がれた一閃を飛び退いて避けたフォリシアが痺れを切らして叫んだ。
「俺がノーラを見に行くので、残りの皆は農場内の敵を頼む。HPが少なくなる前に支援チームの元で回復を受けてくれ」
農場内に侵入したオルレアンの騎士団の先頭、レックスが後続のメンバーたちに伝える。
その中には頭数を揃えるための臨時雇いも居て、それぞれに頷いていた。
ノーラのHPゲージは少なくなる一方で何らかの処置を施さなければ帰らぬ人となってしまうだろう。
そのことがレックスを駆り立て、焦らせ、冷静なる彼の余裕を奪っていた。
彼らは農場の中央で鍔迫り合いをしていた集団を迂回し、晴れてきた煙の中にいるであろう後衛たちに襲いかかる。
敵の射手は決して慌てることなく、冷静に目前の標的に矢を射掛けた。だが、それはザイスのポールアックスやベルハルトのカタナで呆気なく叩き落とされ、彼らは第二射を放つことなく胴体や首を切り落とされて絶命する。
「任せた!」
仲間に全てを任せてレックスは高台に向けて走った。
途中でボンッという爆発音が響き、彼が一瞬だけ振り返るとそこには空中で煙を上げながら消えていく敵魔術師の姿があった。ミアやイグニスたちによる火力支援によるものだ。
残りは大したことはない。増援の到着時間がいつになるかが不安の種だ。
「ノーラ!」
毛足の長い緑の高台に身を横たえたままの少女にレックスが駆け寄る。
彼女はただでさえ小さな身体を二つに折って小刻みに震えていた。
その近くには空になったポーション瓶が何本も転がっている。
「全然、効かないの……痛みが全然収まらないのぉ……」
虚ろな瞳がレックスの姿を見て、うわごとのように同じ言葉を何度も繰り返した。
HPポーションは失ったHPを回復するのは勿論のこと、鎮痛や精神安定の効果があることが報告されている。
だが、そういった効果もHPへの持続ダメージが発生していない場合に限る。
加えて再使用時間が設定されており、それを守らなければ一定確率で薬物中毒という好ましくない効果が付与されてしまい、それはポーション類の回復効果を無効にしてしまうものだ。
そういったシステムについてはノーラもよく知っている筈なのだが、レックスから見るに今の彼女は錯乱状態にあり、冷静な判断が出来ていないようだった。
歳のわりには落ち着いており、他のメンバーたちをからかって遊んでいる普段の彼女からは考えられないほどの変貌っぷりだ。
痛みが緩衝されているものとはいえ、決してゼロではない。
戦いがここまで人を変えるものなのだろうか。青年の背中から罪深さが覆い被さる。
しかし、今は思考に耽っている場合ではない。
残り僅かになり、いよいよ赤くなって尽きそうだったノーラのHPバーに突き動かされるようにレックスはノーラをゆっくり引き起こすと肩に刺さった矢の木軸をぎゅっと掴む。
「いっ、嫌……痛いのは駄目ぇ……」
目に涙を浮かべ、頭をふるふると横に振る弱々しいノーラ。
そこにいつも飄々としている彼女の姿はなく、過酷な試練にただ身を震わせているだけだった。
「大丈夫。痛覚緩衝機能が働く筈だ。痛みはそんなにないと思うから、我慢してくれ」
レックスは精一杯の笑顔を浮かべて言う。
これまではモンスター相手ばかりで弓を使う敵を相手にしたことは少なく、自分や他人の身体から異物を摘出する作業などしたことがない。
だからといって、不安がっていては目の前の少女を余計に不安にさせるだけだろう。彼は意を決して手に力を込める。
「ま、待って。心の準備が……ッ」
緊張でじわりと湿ったノーラの手がレックスを引き留めようとするが、彼は構うことなく彼女を苦しめる矢を肩から一気に引き抜く。
傷口から存在しないはずの冷たい血液がどぷりと流れ出て、少女の声にならない声が辺りに響いた。
その痛みがどれ程のものかレックスには分からなかったが、きつく閉じた目からは涙があふれ出て、口は唇を噛みしめるように閉じられている。
そして身を縮ませて痙攣させる彼女を見て青年の心は痛んだ。
彼は彼女に心の中で何度も謝りながら包帯を傷口に近付けて手当をすると、右足に刺さった矢に手をかける。
「おっ、お願い……これ、これ以上は……」
ノーラの小さな手がレックスの腕を掴み、彼女は涙を浮かべて懇願する。
だが、彼は躊躇わないことこそ彼女を唯一救う道だと信じ「悪いな」と言い、矢を一気に引き抜く。
肉から異物を引き抜く生々しい感触がなんとも厭らしく、レックスは思わず顔をしかめた。
ノーラはせめて情けない声を上げまいと、口を覆い隠していた手の甲を強く噛んで耐えていた。
「こ、このサディスト……」
彼女は恨めしい目付きでレックスを睨んでいた。
青年はそれに反論するでもなく、インベントリから追加の包帯をノーラへ使う。
すると減少一方だった彼女のHPが少しずつ回復していき、そこでようやく彼は肩の力を抜くことができた。
「治療スキル持ちのアルケならもう少し上手くやれたと思うんだが、下手で悪かったな」
フーフーと荒く呼吸を繰り返すノーラにレックスが言う。
性格もキャラクタースペックもあまり戦闘向けではないアルケは応急処置や解毒、治療といったスキルを伸ばしているようで、MP消費が僅かで多くの効果を期待できるそれらを駆使する彼女は騎士団の軍医のような存在だった。
欠点として戦闘中は使用できないため、その最中はクレリックのキーラやペトラが回復役となる。
レックスは彼女が落ち着くように見守っていると、リンクシェルから制圧完了との報告が入った。
「俺たちも行こう。立てるか?」
レックスは呼吸が落ち着いてきた様子のノーラに手を差し伸べる。
「ごめん。腰が抜けちゃったみたいでしばらく無理」
彼女はそう言いつつも彼の手を借り、生まれたての子鹿のように何度も転けながら懸命に立ち上がろうとする。
それにしばらく付き合っていたレックスだが、ノーラを横向きに抱きかかえるとそのまま颯爽と駆け始める。
「ちょ、ちょっと、おろしてよっ」
文句を垂れる少女の顔に朱色がさっと差し込み、胸板を拳でポカポカと叩き付ける。
レックスは漫画でよく見るシチュエーションだなと呑気に考えながらも、いつもと違ってしおらしい彼女に胸の鼓動が高まっていた。
リンクシェルで聞いたように農場内は掃討済みで、生き残ったプレイヤーたちは小屋の近くに立っている水晶のタワー近くに身を寄せていた。
「……おろして」
騎士団メンバーからの好奇の視線が集まる中、ノーラは心底恥ずかしそうにレックスの首元に巻かれたマフラーの端をきゅっと掴んで言う。
「助けに入るのが遅くなってごめん」
レックスの腕から弱々しく立ち上がるノーラにアレクたちが深々と頭を下げる。
「みんなを大切に思うなら当然の判断だった。恨んでないから安心して」
「……ごめん」
「それよりも被害は?」
ノーラは頭を下げ続けるアレクやレックスを複雑な思いで見つめ、周囲をゆっくりと見渡して言った。
「あちらの集団に一人」
ベルハルトの視線の先には空の厩舎と思われる木組みの建物があり、その付近には先に攻撃を仕掛けた集団がいた。
「――ああ、最期にこんな可愛い子に膝枕をしてもらえて、俺は幸せだよ」
藁束の上で正座をするフォリシアの太股に後頭部を乗せた男性冒険者が語る。彼は極めて穏やかな口調で自分に言い聞かせるように続けた。
「お前たちもそんな顔するんじゃねぇよ。ここから居なくなったからといって、現実でも死ぬって確かめたヤツは居ないだろ? 一足先にあっちに帰って、パフェでも食いながら応援していてやるさ」
彼は死の淵にありながらも仲間たちの身を案じ、笑みを作って言ってみせる。
「そろそろ時間か。じゃあ、元気でな」
戦闘不能状態が保持される時間には限度があり、それを越えるとキャラクターは初めてソウルを失い、死亡する。
通常の仕様ならばデスペナルティーを課せられて最寄りの拠点から復活できるのだが、システムが大幅に書き換えられているこの世界では違った。
彼の手がどさりは藁の上に落ちると、健康的な肌色はみるみるうちに白くなっていき、やがて光の粒となって辺りに四散する。
彼の仲間たちは決して涙することなく、歯を痛いほどに噛みしめて見送っていた。
「……これを」
フォリシアが膝に転がっていた遺品を拾い集め、立ち上がってリーダー格の栗毛の青年へと手渡す。
「ありがとう。奴も君のような子に看取ってもらえて、幸せだっただろう」
「……」
青年の言葉にフォリシアは何も返すことなく、ただ俯いていた。
その沈黙は永遠に続くように思われたが、彼らの上空をグルグルと旋回していた黒塗りのカラスが突然カワカワと間の抜けた鳴き声を上げ始める。
「北西から敵が接近中。距離およそ3000、数は10……いえ、20体!?」
使い魔で周辺警戒を行っていたメイジ兼職のミアが赤茶色の髪を揺らし、レックスに報告を入れる。
それは目視によるスキャンとは違い、おおよその動向を知ることができるがマーキング出来なく今一つ精細さに欠けるのが難点だ。
「20だと?」
プレイヤーたちの間に動揺が生まれる。
NPCの敵兵は一体一体を相手にするだけでも骨が折れるというのに、それが20体。
しかも統率の取れた軍隊相手ともなれば敗走は確実だった。
「レニ、悪いことは言わない。すぐにこの場から離脱するんだ。まだ間に合う」
オルレアンの騎士団のレックスが栗毛の青年レニに言う。
拠点を確保するには全ての脅威を排除しなければならないため、接近する敵の軍勢を避ける術はない。
残存する二つの勢力で協力したとしてもHPやMPを大幅に消耗していた彼らに敗色は濃かった。
「進言感謝する。だが、こちらは既に仲間を五人も失った。このまま逃げ帰ればあいつらが報われないだろう」
「この戦いに資源確保以外の何があると言うんだ? 無駄死には止すんだ」
極めて厳しい口調のレックスの言葉にレニは憤りを隠せず、騎士団長の肩を両手で突き飛ばすと呼吸を荒げて口を大きく開いた。
「人員に恵まれた貴様らには分からないだろうな! 底辺ギルドと言われ続け、煮え湯を飲まされてきた俺たちの苦しみなんて!」
顔を歪めて叫ぶレニとそれを静かに見つめるレックスの間に緊張が走り、それは双方のメンバーたちにも伝わる。
友好関係にあると思っていた両者たちは互いの動向を監視するように見つめ合っていた。
「……」
相手側の負傷者の治療を行っていたアルケたちは一瞬だけ手を止め、事の成り行きを見守っていたが、ここで迷っていても仕方ないと思ったのかすぐさま治療を再開する。
「俺たちはこれを足がかりにして少しずつ拠点を増やす。あいつらを二度と馬鹿にはさせない」
レニが静かに決意を宿らせる中、鉄靴の音を規則正しく打ち鳴らす軍勢が農場に迫りつつあった。




