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021 午後は紅茶を

「もーっ、サイアク!」


 ふて腐れた様子のフォリシアはジルヴァラとの二人部屋に帰って来た早々、固いベッドに飛び込んだ。

 大きくフレームが歪んだものの、保護されているオブジェクトは基本破損しないので原型を留めたまま衝撃を吸収する。

 集合時間よりもかなり早いため、室内にジルヴァラやイグニスの姿はない。


「最悪……」


 フォリシアが枕に顔を埋めながら再度呟く。

 そのどの言葉も彼女自身に対してだ。

 フォリシアが十の時から彼女のことを我が娘のように育ててくれたユーリシスやアビゲイルはとても大人びており、理性的に物事と向き合う人間だった。

 二人に甘えてしまったところもあるのだろう。彼女は感情を表に出してはっきりと物を言うのが普通になってきていた。

 だが、それが通用するのも僅かな間だけで、人間は常に建前と本音の狭間で生きていかねばならないと知る。

 それを知るフォリシアは幼すぎた。円滑な人間関係を築くため、嘘をつく方法もあるのだと理解したくないほどに幼すぎた。

 彼女の記憶はユーリシスらに拾われた以前から途切れていたが、感情や人格も未発達のままではないかと恐れている。

 だから、アセリエの高校への進学が決まった時には人に舐められないようクールを気取り、姉アビゲイルのような博識で慈愛に満ちた大人の女であるように勉強してきたつもりだ。

 それでも感情というものが足を引っ張り、イグニスと友人になり、心を許した途端に仮面がぼろぼろと剥がれ落ちてしまった。


「……『フォリシアは絶対そっちの方がいいよ』か」


 彼女は枕から顔を離してごろんと仰向けになり、イグニスの言葉を口にした。

 そうは言っても誰にも甘い顔をしていては付け入る隙を与えることになり、特に男性は彼女の身体目当てに嘘を囁き、這い寄ってくるだろう。

 故にフォリシアはアレクに対して厳しい態度をとっていた。

 自分が第一だとは思ってもいなかったが、あの時の彼の言葉に過剰反応してしまった。

 積み重なるものがあってこそだが、友人のオマケ扱いをされては面白い筈がない。

 それに、あの時周囲に茶化されたような好意も特に持っていない。

 あるとすればイグニスの幼馴染みで、自分の知らない彼女の顔を沢山知っているという点だ。

 それだけなのに、どうしてこんなに心がざわめくのだろう。


「キライよ……あなたなんて、だいっキライ」


 フォリシアは声を絞り出すように言う。

 イグニス救出のためにも協力せねばならない相手を宙に思い浮かべ、目をきつく閉じて拳で何度もあのふにゃふにゃした顔へ何度も殴りつけるのだった。




 彼女はいつの間にか寝てしまっていたのか、目を閉じる前と今で太陽の位置が少し違うことを蕩けた頭でぼうっと考えていた。

 設定で普段は視界右下に隠している時計と左下のメッセージインジケーターを確認し、集合時間が過ぎていないことに安堵して横になったままの姿勢でぐーっと背伸びをする。

 次々に出てくるあくびを噛み殺しながら目をゴシゴシと擦る。

 疲れているのだろうか。彼女は妙な疲労感に襲われながらメッセージウインドウを開いて内容を確認していく。

 多くはアレクとイグニスたちのパーティーチャットで、聞き込み組が成果が振るわないので時間を短縮して引き上げるとのことだった。

 そして薄紫色の瞳にアレクからのプライベートメッセージが目に留まった。

 メッセージのタイムスタンプからつい先ほど受信したものだと分かる。


『いつも不快な思いにさせていてごめん。僕はそういう気持ちに敏感じゃないからさっき言ってくれて助かったよ。イグニスの意識を送り届けるまでの間だけど努力するから仲良くやっていこう。彼女のために色々してくれてありがとう』


 メッセージウインドウには複数回にわたり、そのような文面が綴られていた。


「そういうところよっ!」


 彼女の切れ味の鈍い右ストレートが罪のない枕に突き刺さる。

 彼は出会った時からそうだ。

 自分に自信が持てなくて、常に相手の顔色をうかがっていて。

 そのくせ、困っている人は迷うことなく助けて、ボランティアにも積極的に参加して。

 人間味が欠如しているのだ。

 彼には醜く、泥臭く。どうしようもなく惨めで救いようのない欲望の一片すら見当たらない。

 イグニスたちに聞いても「そういえば欲のない人間だね」としか返ってこない。

 フォリシアがアレクを敵視する第二の理由はそこにあった。

 あのスラム街で過ごした数ヶ月で彼女は痛いほど感じていた。

 欲望を甘い言葉の糖衣でひた隠しにした人間の罪深さを。

 欲望に忠実に生き、他者を虐げることを何とも思わない人間の傲慢さを。


「あなたは、どっちなの。アレク」


 フォリシアは人の良さそうな笑顔のアレクを思い浮かべ、その輪郭線を手でなぞるのだった。




 長らくまどろみの中に居たフォリシアだが、集合時間までまだ時間があったので市場に出向き、会議の時に出す茶葉を買い求めようとしていた。

 恐らく贅沢品にはなるのだろうが、今の彼女らにはそのくらいの心の余裕が必要だったのだ。

 それは心に余裕がなくなってきているフォリシア自身がよく分かっていた。


「ユーザーマーケットは全滅だったから、ここを曲がって……と」


 フォリシアが立体描写されたマップガイドに従い、表通りから一本中へと入る。

 ユーザー間で取引が可能なマーケットには嗜好品の類は出品されておらず、入手手段は今のところNPC商店に直接赴いて購入するしかないようだ。

 もしすごく高かったらどうしよう……とフォリシアは手持ちを確認しながらその日陰の店に辿り着く。

 そこはいかにも雑貨を取り扱っていそうな外観のこぢんまりとした店で、通りにはみ出すように樽の上に商品がディスプレイされていた。

 長い密封瓶に手を近付けるとアイテムの情報ウインドウが表示され、詳細情報や購入もそこでワンタッチで出来るようだ。


「これは棒パスタね。料理できるようになったら色々作ってみたいな。こっちはチョコレート……あっちはキャンディ……ね」


 このゲームの世界観は中世をベースにした近代よりだったはずなのだが、急に文明レベルが上がった気がしてフォリシアは思わず苦笑してしまう。

 しかも実在する食品メーカーのロゴが貼り付けており、同じカテゴリーの商品でもメーカー別にロックがかかっていて「解除には食品ランク2が必要」などと表示されていた。


「アセリエ紅茶とウルトス紅茶、何でランクが違うの……?」


 お目当ての紅茶が並んでいるところを発見し、情報ウインドウを眺めていたフォリシアが呟く。


「ホントよねー。ま、アタシは断然ウルトス派なんだけど」

「俺はアセリエだな。ウルトスのは渋くてかなわん」

「えーっ。あの色だけ紅茶のどこがいいのよぉ?」

「普段飲みにはアレくらいが良いんだ」


 その時ばかりは彼女の呟きに反応する者たちがいた。

 一人はフォリシアよりも頭二つくらい小さい小枝のような少女。

 狐のようにしゅっとした顔付きで、細眉の下には好奇心の強そうなパステルグリーンの瞳が二つ浮いていた。

 艶のある闇色の頭髪は肩を覆い隠すほどの長さで、それを頭の後ろ側で結っていた。その根元でえんじ色のリボンがピラピラと靡いている。

 彼女の服装は黒の丈の短いワンピースに深緑色の半袖ジャケットを重ね着しており、胸部には鉄色に光る射手用の胸当てをしていた。

 ミニスカートから生える細い足は光沢のある黒のニーハイソックスで包み、ヒールが少しある革靴を履いている。


 もう一人は長身の成人男性で、混じり気のない長めの黒髪を垂らし、ゴツゴツとした輪郭線。深いエメラルドグリーンの宝石は鋭い光を放っている。

 身長はアレクやフォリシアよりもかなり高く、一般的な成人男性と比べてやや大きいくらいだ。

 身体付きは痩躯だが筋肉質。ファッション雑誌に載っていてもおかしくないくらい均整の取れたスタイルをしていた。

 装備は初心者用のだぼたぼ服の上に動物の皮をなめして作られた革鎧を巻き付けており、フォリシアの目からも多少不格好に見える。


 突然話しかけてきた二人組にフォリシアは戸惑っていたが、年下と思われる少女がニッコリと微笑んで「ノーラよ。こっちのデカいのはレックス」と小さな手を差し出してきた。


「……フォリシア」


 白い手を遠慮がちに彼女の小麦色の手が覆う。

 すると想像していた何倍もの力で強く握られ、ノーラは「宜しくね、フォリシア!」と白い歯を覗かせて言うのだった。

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